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54話・大好きな人
しおりを挟むミノリちゃんに好きな人が居たなんて。
なぜ今言うんだろう。もしかして、俺の気持ちがバレていたのか。須崎を撃退したついでに俺にも引導を渡すつもりか。ショックで何も言えなくなった俺に気付かぬまま、ミノリちゃんは尚も言葉を続けた。
「私の好きな人はね、すごく優しいの。困っている時に助けてくれて、私の気持ちを一番に考えてくれて。そばに居てくれるだけで心強いの」
そんな男が居たのか。随分頼りになりそうな奴じゃないか。知らない男の話をするミノリちゃんの声はすごく穏やかで優しい。ソイツを思い浮かべているからか。いかん、聞いてるだけで胃がキリキリしてきた。ダメだ、泣きそう。
「私の体質にも気付いてくれて、変な勘違いとかもしなくて、一緒にいてすごく楽で。ときめきとかはないけど、この人となら自然体でいられるんじゃないかって思えたの」
惚気か。惚気だな?
好きな子の恋バナを聞かされるのってある意味拷問だな。まだ太陽の光で焼かれるほうがマシだ。耳を塞いで東屋から飛び出したくなる衝動を必死に堪える。
「自分の気持ちが分からない時に彼に彼女が出来て、すごくショックで、その時初めて彼のことが好きなのかもって気付いて」
なんだソイツ。ミノリちゃんみたいな可愛い子が近くにいたのに別の女と付き合ったのか。最低だな。クズじゃねーか。でも、ミノリちゃんはソイツが好きなんだよな。じゃあ仕方ないか。
「彼女の件は結局誤解だったんだけどね。でも、彼は遠くに行っちゃうの。だから笑顔で送り出さないといけなくて」
なんだ、居なくなるのか。じゃあ俺にもチャンスが……って俺も遠くに行くんだったーー!
──あれ?
「い、今の話って……」
慌てて隣を向けば、耳まで赤くなった顔を両手で覆い隠したミノリちゃんが小さくなっていた。
憎い恋敵の話だと思って鬱な気持ちで聞いてたけど、さっきの話、全部もしかして俺のこと?
ミノリちゃんにはそう見えていたの?
「お、俺の話も聞いてくれる……?」
つっかえながらそう言えば、ミノリちゃんは赤い顔を隠したまま小さく頷いた。
「えっとね、俺の好きな子はすごく強いんだ。グダグダしてた俺に喝を入れて、退屈な毎日を変えてくれた。でも、自分のことは全部抱え込んじゃう不器用な子でさ。俺は何にも出来ないけど、この子のためなら何でもしてあげたいって思った」
目を閉じて、出会った時から遡って思い出す。
ショウゴに連れられて嫌々行った女友達の家。そこで初めてミノリちゃんと出会った。次に会った時、昼間行き倒れているところを助けてもらった。顔見知りだったのと、俺がひ弱だから警戒されなかった。そこから彼女が俺んちに入り浸るようになった。
「実はかなり最初の頃から好きになってた。一緒にいて楽しかったし、可愛いしさ。でも、彼女の悩みを知ったらとても言えなくて、逃げ場として使ってもらえるだけでいいやって」
ストーカー野郎に長年追い回され、安心出来る場所を探していた彼女は俺の部屋で過ごすほかなかった。それでも嬉しかった。このままストーカー問題が片付かなければいいなんて最低なことを考えたりもした。
「誤解されて会えなかった時期はキツかった。でも、おかげで彼女に少しでも恥じない生き方をしようと思えた。やっと自分を変える決心がついたんだ。……彼女がくれた言葉が切っ掛けになった」
周りを妬むしかなかった俺を変えてくれたのはミノリちゃんだ。狭い世界から出る勇気をくれた。
「コレはその子から貰った俺の宝物」
ズボンのポケットから取り出した家の鍵には可愛くデフォルメされたサメのキーホルダーが付いている。それを見たミノリちゃんの目から涙が溢れた。
「いつか自分に自信が持てるようになったら本人に気持ちを伝えるつもり。……俺の話はこれでおしまい」
ベンチから立ち上がり、パーカーを目深に被る。
「じゃあね、ミノリちゃん」
河川敷の公園は彼女の家から近い。ここで別れて家に帰ろうとしたら、背中にドン、と衝撃を受けた。ミノリちゃんが後ろから抱きついてきたのだと数秒してから気が付いた。
「もう抱きついても平気?」
「うん、アイツとも和解出来たから」
「例の友達と? 良かったねプーさん!」
そうだ。ショウゴと腹を割って話せたのもミノリちゃんのおかげだ。俺は親友を失わずに済んだ。だからもう抱きつかれても全然平気。
……ん?
いや待てよ。平気じゃない。ミノリちゃんから抱きついてくれるなんて何のご褒美だ。あれか、別れの餞別か。餞別なら遠慮なく受け取るしかない。だって、しばらく会えなくなるんだから。
「私、待ってる」
「うん、待ってて」
俺は振り返って彼女の身体を正面から強く抱きしめた。小さくて柔らかな身体の感触を忘れないように。
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