36 / 56
35話・個々の事情
しおりを挟む「……俺には何もできないよ」
頑なに動こうとしない俺を見て、ルミちゃんは小さく息をついた。そして、メガネのブリッジを人差し指でクイッと上げて再び口を開く。
「実は、わたし『寒冷じんましん』なんです。エアコンとかで冷えたりするとダメな体質で」
「何それ」
「急に寒くなると身体が痒くなるんです」
「ああ、それで長袖着てるんだ」
「この時期のバスは冷房がキツいですから」
なるほど。真夏の昼間にも関わらず彼女が長袖の上着を羽織っていたのは日焼け対策ではなく寒さ対策か。ちゃんと理由があったんだな。
「そんな体質あるんだね、今まで知らなかった」
「わたしも『色素欠乏症』は聞いたことありますけど、詳しい症状までは知りませんでした」
「身近にいなきゃ分かんないよね」
俺の体質も『単に身体の色素が薄いだけ』と思われがちだ。弱視などの症状は言わなきゃ誰も気付かない。
よほど親しくなければ誰がどんな体質かなんて知る由もない。周囲に隠している人もいる。健康だと思っていた人が実は持病を抱えていたなんてことも珍しくない。
「自分が赤面症だったり身近にわたしみたいなのがいたのに、プーさんの体質に気付けず無神経なことを言ってしまったって、ミノリはずっと後悔してました」
「……ミノリちゃんは優しいなぁ」
俺はこんな見た目だし、面倒くさがりの無職ニートだと思うのが普通の反応だ。ミノリちゃんのせいじゃない。
「プーさん、ミノリのこと勘違いしてません?」
「え?」
「あの子は基本ドライな性格で、どうでもいい人間に対して関心を持たないんです。それなのに、最近のミノリは貴方のことばかり気に掛けてるんですよ。どういう意味か分かります?」
ちょっと待って。そんなこと言われたら、自分に都合の良いように受け取っちゃいそうなんだけど。
「優しいだけなら、とっくに須崎君に絆されて付き合ってます。でもミノリは五年も断り続けている。自分に合わない相手を拒否する強さを持ってます」
「た、確かに」
「ただ、須崎君には話が通じないんです。彼は自分に都合の良いように事実を曲げて認識する癖がある。だから、わたしが約束させた内容も曲解されてしまって」
話が通じない相手ほど怖い存在はない。しかも全国レベルの空手の選手だ。まず腕力では敵わない。
「俺だってそんな奴にミノリちゃんを渡したくねーよ。でも、きちんと段階を踏んで交際を申し込むっていうなら邪魔は出来ない。口を挟む権利なんかないよ」
「……そうですか」
ルミちゃんはまた溜め息をついた。
煮え切らない態度の俺に愛想が尽きたんだろう。
「わたしの話はこれだけです。急に訪ねてきてすみませんでした」
「いや、ありがとう」
「ではまた。お大事に」
日傘をさしてバス停のほうへ歩いていくルミちゃんの背中を見送りながら、自己嫌悪でいたたまれなくなる。彼女は俺の気持ちを知った上で発破をかけにきた。ミノリちゃんを助けるために動けと言いに、夏休みなのにわざわざ隣の市から来てくれたんだ。
それなのに、俺は怖気付いている。
須崎の邪魔をして殴られるのが怖いんじゃない。
自分の気持ちを知られたら彼女にどう思われるか。
ミノリちゃんの家族に自分がどう見られるかが怖い。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/light_novel.png?id=7e51c3283133586a6f12)
スマホゲーム王
ルンルン太郎
ライト文芸
主人公葉山裕二はスマホゲームで1番になる為には販売員の給料では足りず、課金したくてウェブ小説を書き始めた。彼は果たして目的の課金生活をエンジョイできるのだろうか。無謀な夢は叶うのだろうか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
きみと最初で最後の奇妙な共同生活
美和優希
ライト文芸
クラスメイトで男友達の健太郎を亡くした数日後。中学二年生の千夏が自室の姿見を見ると、自分自身の姿でなく健太郎の姿が鏡に映っていることに気づく。
どうやら、どういうわけか健太郎の魂が千夏の身体に入り込んでしまっているようだった。
この日から千夏は千夏の身体を通して、健太郎と奇妙な共同生活を送ることになるが、苦労も生じる反面、健太郎と過ごすにつれてお互いに今まで気づかなかった大切なものに気づいていって……。
旧タイトル:『きみと過ごした最後の時間』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※初回公開・完結*2016.08.07(他サイト)
*表紙画像は写真AC(makieni様)のフリー素材に文字入れをして使わせていただいてます。
黒蜜先生のヤバい秘密
月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。
須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。
だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
もしもしお時間いいですか?
ベアりんぐ
ライト文芸
日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。
2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。
※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。
ephemeral house -エフェメラルハウス-
れあちあ
恋愛
あの夏、私はあなたに出会って時はそのまま止まったまま。
あの夏、あなたに会えたおかげで平凡な人生が変わり始めた。
あの夏、君に会えたおかげでおれは本当の優しさを学んだ。
次の夏も、おれみんなで花火やりたいな。
人にはみんな知られたくない過去がある
それを癒してくれるのは
1番知られたくないはずの存在なのかもしれない
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる