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17話・俺の逃げ場
しおりを挟む丸二日の休暇を終え、親父はまた仕事に行った。
俺は外に逃げられないから、ずっと家に居られても息がつまる。親父が長期で家を空けてくれる現状は正直気持ちが楽だ。昔からそう。顔を合わせれば口喧嘩ばかりで、普通の会話が成り立ったことなんかない。喧嘩するって分かっているから親父は必要最低限しか家に帰ってこなくなった。
ダイニングテーブルの上に茶封筒が置かれている。生活費を置いていってくれたのだ。俺が銀行まで行かずに済むように、わざわざ現金を下ろして。
「……親父ももうトシなのにな」
長距離トラックの運転手なんて体力勝負の仕事だ。いつまでも続けられるものじゃない。本当なら俺が働いて親父を楽させてやるべきなんだ。それなのに、高校を卒業してから二年間何もせず遊んでいる。
たまに説教するだけで無理やり追い出したりしないのは、こんな体質に生まれた俺への罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。
『軽く遇らえるくらい身体鍛えないと』
『家の中だって筋トレくらいできるよ』
『たくさん食べて体力つけてよね』
ミノリちゃんから言われた言葉が頭に浮かぶ。
変わりたい。
変わらなければ。
時間は与えられてる。
背中も押してもらった。
それなのに何故動けない?
「やっほー」
「……おまえか」
「なにその言い草、傷つくー」
玄関のチャイムに呼ばれて扉を開けると、そこにはリエが立っていた。あからさまに落胆した俺を見てケラケラと笑い転げている。会うのはカラオケの時以来だろうか。
「ミノリじゃなくて残念でした~」
「……うるせーな、関係ないだろ」
「そんなイヤそうな顔しないでよ」
仏頂面の俺に対し、リエは終始笑顔だ。
「用がないなら帰れ」
「用ならあるもん」
「なに」
「家に入れてよ」
「やだ」
こんなやり取りを少し前にショウゴともした気がする。なんでみんな俺んちに入りたがるんだ。意味がわからん。
しばらく玄関先で押し問答をしていたら、リエが「キャッ」と小さな悲鳴をあげて抱きついてきた。サンダルの指先をかすめるようにトカゲが通り過ぎたからだ。
「やだ、何かと思った」
「ビビり過ぎだろ」
「しょうがないじゃん」
驚かせたモノの正体が分かっても、リエは俺から離れない。恐怖で動けないのかと思い、無理やり引き剥がさずにいると、ふんわりと香水の匂いがした。良い匂いだが、少しキツい。
この前ミノリちゃんに抱きついた時はうっすらとシャンプーの香りがしただけだったなと思い出す。
「……プーさんさぁ、ミノリのこと諦めなよ」
「は? なんだよ急に」
「あの子には昔から言い寄ってる男がいるの」
「知ってる。ストーカーみたいなヤツだろ?」
「一途な片想いって言いなよ~」
どうやらリエはストーカー野郎の味方らしい。
友人に付きまとってる男を間近で何年も見てきたんだ。何度フラれても諦めない姿にほだされて応援したくなったんだろうか。
「ミノリちゃん、嫌がってるんだぞ」
「それが分かんないんだよね~。何が嫌なんだろ。あんだけ好かれてたら幸せじゃないのかなぁ?」
リエは不思議そうに首を傾げている。
だからコイツはミノリちゃんの家の場所をストーカー野郎に教えたのか。多分メアドも教えてるよな。そのせいで彼女は俺んちなんかに逃げ込む羽目になったというのに少しも反省していない。むしろ良いことをしたと思っていそうだ。
好きだったら何をしていいというものでもないし、本人同士の相性もある。誰と付き合うかは外野が決めることじゃない。
「あの子は昔から変なのにモテるのよねぇ」
「……」
自分もその中の一人だと思うと何も言えない。
「てゆーかいつまで抱きついてんだ。暑い」
「いーじゃん。JKとハグ、嬉しいっしょ?」
その時、少し離れた場所でガサッと茂みが揺れる音がした。野良猫だろうか。
リエが帰ってからしばらくしてスマホにメールが届いた。ミノリちゃんから「今日は行きません」とひと言だけのメッセージ。
残念だけど、そんな日もあるよな。
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