【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

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【番外編】最終話以降のお話

最終話・穂堂さんも阿志雄くんに構われたい【FA有】

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 阿志雄あしおはここ数年メールか電話のやり取りしかしてこなかった親に直接会いに行った。もちろん穂堂ほどうも一緒だ。


 ホテルのラウンジで待ち合わせ、お茶を飲みながら話をする。
 久々に会う母親は阿志雄の記憶の中の姿より歳を取っていたが幸せそうに見えた。息子の恋人である穂堂を歓迎し、二人の仲を心から祝福してくれた。

「来てくれてありがとう。今度はこちらから遊びに行くわね」
「はい、是非」
「遠いし、別に来なくていいよ母さん」

 固く手を取り合いながら次の約束をする母親と穂堂を見て、阿志雄が溜め息をつく。
 来てほしくないわけではないが、遠出をすればこちらの家族に迷惑がかかる。自分のことで煩わせたくはないと考えてのことだ。

真司しんじが今どんな暮らしをしているのか見たいわ。それに、とおるさんの親御さんにもご挨拶したいし」
「お義母かあさま、ありがとうございます」

 事情は掻い摘んで説明してある。身寄りのない穂堂にとって、翁崎おうさき家の人々は家族であり親代わりの大切な存在だ。その言葉だけで胸がいっぱいになってしまうくらい穂堂は嬉しく思った。

「正直、あなたには恨まれてると思ってた」
「……そんなわけ」

 無い、とキッパリ言い切れないのは複雑な気持ちがまだ整理しきれていないからだ。負の感情が一切ないわけではないが、恨みや嫌悪とは違う。

「聞き分けがいいあなたに甘えて、私たちは自分の人生を追い求めて……謝って済む話じゃないけど、ごめんなさい」
「オレが自分で決めたんだ。別に、母さんたちは悪くないよ」

 もう少し幼ければどちらかについていくという選択しかできなかっただろう。当時の阿志雄は両親の気持ちを察し、自分から離れる決意をした。

「それに、九州か北海道に行ってたら、きっとオレは穂堂さんに会えてなかった。だから残って良かったんだよ」

 過去の選択のうち、どれかひとつでも違う道を選んでいたら現在いまはなかった。
 土産物売り場を見て回る穂堂を離れた場所から眺めながら表情をゆるませる息子を見て、母親もつられて微笑む。

「ホントにベタ惚れなのねぇ」
「うん、そう。いいだろ」
「ええ。そういう相手がいて良かった」

 これまで阿志雄が恋愛に積極的になれなかったのは両親の離婚も要因のひとつだった。結婚するほど好きな相手でも永遠ではないのだと多感な思春期の心に深く刻み込まれた。
 社会人になっても浮いた話ひとつない息子に対し、母親は密かに責任を感じていた。

「久しぶりに顔が見れて嬉しかったわ」
「オレも。幸せそうで良かった」

 別れ際、母親はすっかり大きくなった息子を十数年ぶりに抱きしめた。




「──というわけで、これ九州土産です」
「まあ、こんなにたくさん!」
志麻しまさんと由里ゆりさんにはこれも。あと、かなでさんには向こうから直接送っときました」

 母親との挨拶から帰ったその足で翁崎家に寄り、買い込んだ土産を渡した。阿志雄の母親から持たされた物もある。銘菓から民芸品まで様々だ。

「来月にはお父様に会いに?」
「はい、雪の季節になる前に行こうかと」

 阿志雄の父親が住んでいるのは母親とは逆方向の北海道。今回同様あちらと都合を合わせ、土日と有給休暇を使って会いに行く予定だ。

「志麻さんたちのおかげで踏ん切りがついたんです。ありがとうございました」

 改めて礼を言われ、志麻は恐縮した。
 一般的な意見として『親御さんに挨拶するべき』と言いはしたが、簡単にできることを阿志雄がしないはずがない。彼にも事情があり、なかなか実行できなかったのだ。何も知らずに口を挟んだことを後から反省していたくらいだ。

「ほんと、真司くんは良い子ねぇ」

 志麻は向かいの席に座る阿志雄の頭をそっと撫でた。まるで我が子を慈しむかのように優しく見つめられ、阿志雄は顔を真っ赤にして俯いた。

「お義母さまったら、阿志雄くん恥ずかしがってますよ」
「まあ、ごめんなさいね。つい」

 志麻と由里の軽やかな笑い声が翁崎家のリビングに響いた。





 翁崎家で夕食をご馳走になってから自宅マンションに戻った二人は、荷解きを後回しにしてリビングのソファーに座り込んだ。

「疲れたでしょ穂堂さん」
「ええ。でも楽しかったです」

 社会人になってから、穂堂は旅行に行ったことがなかった。仕事が第一で、他に楽しみなどなかった。

「私は君のお義母さまに気に入っていただけたでしょうか」
「めっちゃ話が盛り上がってたじゃないすか。あんなに母さんが話すとこ初めて見ましたよ」
「ふふっ、なら良かった」

 目を細めて笑っていた穂堂が、ふと表情を暗くする。その変化に気付き、阿志雄が慌てて肩を掴んだ。

「だ、大丈夫ですか!やっぱ無理させました?来月の北海道やめておきます!?」
「阿志雄くん……」

 穂堂は申し訳なさそうに俯いて視線を外した。

 やはり遠出と親への挨拶で心身共に疲れさせてしまったのだ。そもそも九州の前に、関東へ祖母の墓参りにも行っている。短期間に予定を詰め込み過ぎたか、と阿志雄は焦った。

「違うんです。これは私が勝手に不満に思っているだけなんですが……」
「ふ、不満!?何に?オレに!?」

 慌てふためく阿志雄の様子に、穂堂がプッと吹き出した。口元を手で覆い、肩を揺らして笑いを噛み殺している。

「そうですね、君に対する不満です」
「ああ~ッ!やっぱり!?」

 ショックを受けた阿志雄が涙目になる。
 その様子に、穂堂は堪えきれず笑い出した。声を上げて笑うなど滅多にないことだ。

「君はいつまで私を名字で呼ぶんですか」
「……え?」

 問われた意味が分からず、阿志雄は何度も目を瞬かせて首を傾げた。

「大奥様と奥様のことは下の名前で呼ぶのに、私はずっと『穂堂さん』のままですよね」
「え、でも、だって」

 翁崎家の人々を名字で呼ぶわけにはいかない。なにせ全員『翁崎さん』なのだから。かと言って、阿志雄の立場で彼女たちを『大奥様』『奥様』と呼ぶのはおかしい。だから下の名前で呼ぶようにした。

 先に知り合ったのは自分だというのに、いつまで経っても下の名前で呼んでくれない恋人に、穂堂は不満を抱いていた。

 九州で阿志雄の母親から下の名前で呼ばれた時、この機に呼び方を変えてくれるかもしれないと期待したが特に変化は見られず、密かに落胆していた。

「そりゃあオレだって名前で呼びたいと思ってますよ!でも、タイミングとかあるじゃないですか」
「今では駄目でしょうか」

 じっと真っ直ぐ見つめられ、阿志雄が言葉を詰まらせる。駄目な理由なんかひとつもない。親に紹介までしておきながら、あと一歩踏み込む度胸がないだけ。

 その一歩を縮めるのは、いつだって穂堂だ。

 なんだかんだで穂堂は阿志雄に要求をすることに慣れてきた。ひとりで抱え込む癖がある彼が我が儘を言えるよう阿志雄が少しずつ慣らしてきた。

「もっと君と親しく呼び合いたい」
「ほ、穂堂さ、」

 まだ名字で呼ぼうとする唇をそっと指先で制し、自分が先に彼を呼ぶ。

「そうじゃないでしょう、……真司くん」

 初めて下の名前で呼ばれた阿志雄は、今までに感じたことのない甘く痺れるような感覚を覚えて身震いした。

「……オレの、名前……」

 想像をはるかに超える喜びに胸が熱くなった。自分も穂堂の名を呼ぼうと口を開くが声にならず、もどかしさで喉元を押さえる。
 穂堂は急かすことなく、ただ黙って待った。

 阿志雄は何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、意を決して顔を上げた。視線の先には優しい微笑みを浮かべた穂堂がいる。

 この人と、ずっと一緒にいたい。

 阿志雄の想いは最初から変わらないけれど、比較できないほどに強く大きくなっている。

「……徹さん、大好き」
「私もです、真司くん」

 やっとの思いで名を呼べば、年上の恋人は花のつぼみがほころぶような笑顔で応えた。

 手を伸ばして互いの身体を掻き抱く。
 痛いくらいに抱きしめてから少しだけ身体を離した。下の名前で呼んだだけだというのに、これまでよりぐっと距離が縮まったように感じる。

「徹さん」

 見つめ合ったまま顔を近付けると、穂堂が先に目を閉じた。ごくりと喉を鳴らし、阿志雄は更に顔を寄せる。

 唇が触れるまであと僅か、というタイミングでインターホンのチャイムが鳴った。

 パッと穂堂が目を開け、すぐにインターホンのモニターを確認しに行ってしまう。ひとりソファーに残された阿志雄は「こんな時間に誰だよ……」と小さく悪態をついた。



『こんばんは、隣に越してきた九里峯くりみねです』



 インターホンを鳴らした相手は九里峯だった。
 良い雰囲気をぶち壊しにされた阿志雄は、ひとこと文句を言ってやろうと勇んで玄関先に出た。

「夕方にも来たんですけどお留守だったので。こんな時間にお邪魔して申し訳ありません」
「いえいえ、ご丁寧にどうも」

 手土産が入った紙袋を手渡され、穂堂は深々と頭を下げて受け取っている。隣に立つ阿志雄がふんぞり返って睨みつけるが、九里峯は全く動じていない。

「えっ、部屋、隣?」
空きが出まして」
「…………」

 どうやら九州に行っている間に引っ越し作業は完了したらしく、既に入居済みだという。

「まさか、もう鍬沢くわざわいんの?」
「いえ。彼にはこれから話すつもりです」
「勝手にマンション買うなよ!」

 ここは賃貸ではなく分譲マンションである。中古とはいえ購入すればかなりの金額だ。もし同棲を断られたらどうするつもりだ、と阿志雄と穂堂は心配になった。

「それで相談なんですけど、どう切り出せば鍬沢さんに了承してもらえると思います?」
「知るか、自分で考えろ!!」

 阿志雄はそう言い残して勢いよく玄関を閉め、内鍵とチェーンを掛けた。そして、穂堂の手を引いてリビングへと戻る。再びソファーに腰を下ろし、ぐったりと背もたれに身体を預けた。

「なんか、どっと疲れた……」
「まさか本当に引っ越してくるとは思いませんでした」

 内見からまだ半月も経っていない。九里峯は東京にも住居があるため、引っ越しといっても新たに購入した家具などを店から直接運び込むくらいで済むのだろう。

「オレと穂堂さんの平穏な暮らしが……」

 隣に座る穂堂の膝に縋りつき、阿志雄が泣き言を漏らす。よりによって、天敵のような男が隣の部屋に転がり込んできたのだ。今後を考えると気が気ではない。

「こら、呼びかたが戻ってますよ」
「あ、そうだった」

 軽く頭をつつかれて、阿志雄は苦笑いを浮かべた。身体を起こし、あらためて向き直る。

「もし鍬沢が隣に越してきても、オレをほったらかしにしないでくださいよ、徹さん」
「君こそ。九里峯さんと喧嘩ばかりして私を放っておかないでくださいね、真司くん」

 全く同じ内容のお願いに、ふたりは顔を見合わせて笑った。





『営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい』完


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↑こちらのイラストは、完結記念にミドリ様からいただいたファンアートです
顔を見合わせ、幸せそうに微笑むふたり
素晴らしいイラスト、ありがとうございました~!
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