【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

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【番外編】最終話以降のお話

33話・駆け引き

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 定時で仕事を終えた後、鍬沢くわざわはいつものように近所のスーパーに立ち寄った。

 何の変哲もない地方のチェーン店で、仕入れ担当の趣味で珍しい品が入荷されることもある。ここ最近は売上を気にして世間の流行りを追っており、店内の一番目立つ場所に特設コーナーが設けられていた。
 緑、白、赤の鮮やかなトリコロール・カラーに彩られた売り場には、海外から輸入された食材が所狭しと並べられている。通り掛かった客は物珍しさに足を止め、手頃な品を見つけては買い物カゴへと入れていく。

 鍬沢も特設コーナーで商品を手に取り、ラベルを確認する。フィットチーネやペンネなどの乾燥パスタや、モッツァレラやペコリノロマーノ、ゴルゴンゾーラなどのチーズ、ドライトマトやハーブ、缶詰、ワインまで、全てイタリア産の品物だ。

 このスーパーに限ったことではない。一ヵ月ほど前からイタリア料理のブームが起きており、日本全国の百貨店やスーパー、コンビニではイタリア関連の商品ばかり扱われている。街を歩けば至る所にイタリアンフェアの旗が飾られ、嫌でも目につく。専門店でなければお目にかかれない輸入食材がどこでも気軽に購入できるようになっていた。

 目当ての品を買い、鍬沢は自宅アパートへと帰った。
 食材保管場所から乾麺のパスタを取り出し、今日買った合挽き肉とホールトマト缶、赤ワインのボトルを調理台の上に置く。そして、キッチンの片隅に置いてあった本を手に取った。以前、九里峯から出張土産だと言って渡されたレシピ本だ。既に幾つかの料理にチャレンジしており、付箋を貼り付けて記録している。

 鍬沢はイタリア語が読めない。
 だから、このレシピ本を渡された当初は挿し絵や写真を楽しむくらいしかできなかった。例え読めないレシピ本でも挿し絵を頼りに大まかな流れは掴める。でも、書かれているであろう『ちょっとしたコツ』や『ヒント』までは分からない。

 そんな時、イタリアブームが巻き起こった。
 ブームの火付け役はテレビにもよく登場する有名な男性料理研究家で、彼が動画配信サイトでイタリア料理の手軽な調理法を紹介したことが始まりだった。
 件の動画は本場のシェフから習った本格的なイタリア料理の作り方。鍬沢が所持しているレシピ本と流れがほぼ同じだったので、動画と併せて確認しながら料理をすることにしている。

 ボロネーゼのパスタと昨日作っておいたカチャトーラを温めなおして夕食にする。どちらも過去に何度か作ったことがあるが、今回は段違いに美味しく感じた。本場から輸入された食材を使い、正しいレシピを用いたからだろう。

 食器や鍋を洗いながら、余ったボロネーゼソースで何を作ろうか考えていると、アパートのインターホンが鳴った。
 時刻は夜八時を回っている。来客や荷物が届く予定はない。このアパートのインターホンにはモニターが付いておらず、ドアスコープで相手を確認する必要がある。

 だが、鍬沢はそのままドアを開けてしまった。

「あ」

 しまった、と思った時には遅かった。
 やや黄味掛かった駐車場の明かりに照らされたスーツ姿の男性が視界に入る。

「こんばんは、鍬沢さん」
「く、九里峯くりみね……」
「出張で近くを通り掛かったものですから」

 鍬沢の身体が緊張で強張った。
 何も見なかったことにしてドアを閉め、鍵を掛けるのが最善だと分かっているのに、指先ひとつ動かせない。

 そんな鍬沢の様子に九里峯は眉尻を下げた。
 以前の彼ならば厚かましく部屋の中に押し入ってきただろうが、そうはしなかった。少し寂しげに微笑み、持っていた紙袋を差し出す。

「今日はお土産を渡しに来ただけです」
「え」

 鍬沢の手に紙袋を握らせ、九里峯はあっさりと踵を返した。アパート前の道路にハザードランプを点滅させたタクシーが待機している。長居するつもりなど最初からなかったようだ。

 一分にも満たない再会のためだけに、わざわざ駅から離れた住宅街まで来たのか。

 そう思った途端、鍬沢の身体が勝手に動いた。
 遠ざかっていく背中に手を伸ばし、上着の裾を掴む。先ほど持たされた紙袋が玄関前のコンクリート床に落ち、その音に驚いた九里峯が振り返った。

「どうしました、鍬沢さん」
「…………」

 問い掛けても鍬沢は応えない。
 九里峯は困ったように息をつき、落ちた紙袋を拾い上げ、鍬沢に持たせるついでに耳元に顔を寄せた。

「タクシーを帰してきます」

 鍬沢の手がようやく彼の上着から離れた。
 九里峯は待たせているタクシーへと向かい、運転手にここまでの料金を支払ってから鍬沢の元へと戻ってくる。
 その間、鍬沢はアパートの玄関前で立ち尽くしていた。自分のほうへと近付いてくる九里峯の姿をぼんやりと眺め、肩を抱かれて部屋の中へと入る。

「引き止めてくれるとは思いませんでした」

 ドアを閉め、内鍵を掛けたのは九里峯だ。
 玄関は大人の男が二人で立つには狭過ぎる。履いていたサンダルを脱ごうとした鍬沢の身体が壁側に追いやられた。間近で視線が交わる。

「……お邪魔しても?」

 了承を得るより先に上がり込んでおきながら、改めて許可をもらうことで『合意の上で』居座ろうとする。しばらく鳴りを潜めていた九里峯の強引さが再び表に現れている。

 鍬沢は小さく頷き、彼の言葉を受け入れた。
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