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【番外編】最終話以降のお話
32話・阿志雄の秘密 2
しおりを挟む阿志雄の言葉に穂堂は首を傾げるが、すぐにある可能性に気付いて青褪める。
「すみません。辛いことを……」
「アッ違います!両親はピンピンしてます!」
てっきり身内がいないという話かと思ったが、どうやら違うらしい。慌てて否定する阿志雄に、穂堂は意味が分からず困惑した。
「どういうことでしょう」
「話す前に服を着てください」
「えっ」
そう言われ、穂堂は視線を下に向けて自分の格好を確認した。先ほどまで行為に及ぼうとしていたから上着の前ボタンは全て外れ、胸元が露わになっている。加えて、泣いたせいで目元が赤い。
薄暗い寝室のベッドの上で、恋人のあられもない姿を前にして、阿志雄が落ち着いて話ができるはずがない。
慌ててボタンを留め、着衣の乱れを直す。
「それで、ご実家がないというのは……?」
ベッドの端に並んで座り、改めて問うと、阿志雄は憂鬱そうな顔で説明を始めた。
「両親はオレが中学ん時に離婚して、今はそれぞれ別の家庭を持ってるんです。オレは別居した時にばあちゃんちの子になりました」
「それは……」
「あ、不仲で離婚したんじゃないんですよ。むしろ仲はいいんです。ただ、夫婦としては合わなかったみたいで」
阿志雄にとっては既に終わった話だ。気を遣われぬよう、わざと明るく振る舞う。その様子を見て、穂堂は唇を噛んだ。
「無理に『家族』を続けてたら、いつかお互いを嫌いになっちまう。だから別れるんだって言ってました」
その話を聞きながら、もし自分の母親と先代社長が結婚していたらと穂堂は想像した。
仕事のパートナーとしての相性が良くても結婚してうまくいく保証などない。二人が互いを恋愛対象としなかったのはそういうことだろう。
阿志雄の両親は気付くのが少し遅くなってしまったが、憎み合う前に別れたのは正しい選択だと言える。
「君はどちらにもついていかなかったんですか」
「オレがいたら邪魔かなーと思って。二人とも一緒に来いって言ってくれたけど、コブ付きじゃ再婚しにくくなっちまうし」
中学生の頃から周りの状況を見て立ち回ることができたのだろう。それが円滑に物事を丸く収めるための一番の方法だと判断すれば、自分の感情など二の次にして。
阿志雄はそうやって生きてきた。
「ばあちゃんちには高校を卒業するまで置いてもらったんです。大学進学を機に出てからはずっと一人暮らしで」
「でしたら、おばあさまの家が君の実家になるのでは?」
「うーん……ばあちゃんはオレが大学を卒業する前に死んじまったし、今そこには叔父さん一家が住んでるんすよね。だから、気軽に里帰りできるような場所ではないです。法事の時に顔を出すくらいかな」
両親はそれぞれ別の相手と再婚して家庭を築き、子ども時代を過ごした祖母の家には親戚が住んでいる。
阿志雄には確かに『自分だけの家族』と『実家』がない。
「親とは時々メールでやりとりしてるんですよ。引っ越したことも恋人ができたことも伝えてます。でも、ここ何年かは会ってないです」
「会いにいかないんですか」
「めちゃ遠いんすよ。ばあちゃんちは関東だけど、父さんは北海道、母さんは九州にいるんで。……それに、もう子どもがいるし」
阿志雄の声が徐々に小さくなっていく。気丈に振る舞っているが、やはり寂しいのだろう。
両親はそれぞれ別の家庭を持ち、子どもを授かっている。半分血が繋がっている弟妹だとしても、一緒に暮らしたことがないから他人と変わりない。社交的な阿志雄なら両親の再婚相手や子どもとも仲良くなれるだろう。だが、社会人になった今となってはわざわざ交流する必要がない。
「そんな事情があるとも知らず、勝手なことばかり言ってしまって……本当に申し訳ありません」
「悪いのはオレです。もっと早く言うべきでした」
互いに謝罪し合っている姿がおかしく思えて、ふたりは小さく吹き出した。
「君のことを知ることができて嬉しいです。話してくれてありがとうございました」
「オレも、やっと言えて安心しました」
何となく言いそびれてしまっていたのは、普通とは違う自覚があったからだ。血の繋がりはないけれど、穂堂には社長や志麻たちという立派な家族がいる。大切に想ってくれる人たちがいる。知らず知らずのうちに、帰る場所を持たない自分に引け目に感じていたのかもしれない。
「予定を合わせるのは難しいかもしれませんが、いつか君のお父様とお母様にもご挨拶させてください。今は私が『阿志雄くんの家族』で、ここが『家』なのだとお伝えしたいので」
「……っ」
今度は阿志雄の瞳から涙がこぼれた。
行き場のなかった自分がようやく受け入れてもらえた。いや、とっくに受け入れられていたのに気付いていなかっただけ。
阿志雄が明るく社交的な理由。
特に年配の人から好かれるのは何故か。
それは生まれ持った性質などではなく、必要に迫られて身に付けた処世術なのかもしれないと穂堂は感じた。
「次の休み、おばあさまのお墓参りに行きましょう。君を育てて下さった方ですから、墓前できちんと挨拶したいです」
九里峯に直談判しに行った帰り、駅の路線図にある駅名を見て、阿志雄は中学高校時代を過ごした祖母の家を思い出した。祖母が健在なら迷わず寄っていたが、もういない。だから行くことを諦めていた。
「……ありがとうございます、穂堂さん」
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