【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

文字の大きさ
上 下
132 / 142
【番外編】最終話以降のお話

30話・疑心暗鬼

しおりを挟む


 九里峯くりみねとの対話はわずか数分で終わった。
 せっかく東京まで来たのだから何処かに寄ろうかとも考えたが、ひとりで出歩いても楽しくはない。東京支社時代の同僚たちに連絡する気も起きず、阿志雄あしおはそのまま駅へと戻る。

「……」

 帰りの新幹線のチケットを買う際に前面に貼り出されている路線図をちらりと見て、すぐに券売機へと視線を戻す。しばらく足を運んでいない懐かしい場所の記憶を頭の中から締め出して、自宅マンションで待つ穂堂ほどうに想いを馳せる。
 何の成果も得られなかったが、早く終わったおかげで夕食は一緒に食べられる。駅ナカで土産を幾つか購入し、帰宅予定時間をメールしてから、阿志雄は新幹線のホームへと向かった。






「穂堂さん、ただいま帰りましたー!」
「おかえりなさい阿志雄くん」

 玄関に入るなり荷物を放り出し、離れていた半日分を取り戻す勢いで抱き着く。阿志雄の真っ直ぐな愛情表現に、穂堂の抱えていた不安が少しだけ軽くなった。

「ゆっくりしてきても良かったのに」
「いや、明日仕事なんで」

 そうは言っても、わざわざ東京まで行ったのだ。あちらでしか会えない人や場所など幾らでもある。気を使わせてしまったか、と穂堂は申し訳なく思った。

「それで、どこへ行ってきたんですか」

 土産の紙袋を受け取りながら穂堂が尋ねた。電話口では遠慮してしまったが、このタイミングならば聞いても不自然ではないだろうと考えた上での発言だ。
 しかし、阿志雄は言葉を濁した。

「ちょっと野暮用で。……あっ、そうそう。これめっちゃ美味いって評判らしいんで買ってきました!今から食べますか」

 はぐらかされた、とすぐに気付く。

「えー……と、もうすぐ夕食ですから」
「じゃあ食後にでも。あと、晩メシの支度ありがとうございます」
「いえ。では着替えてきてください」
「はーい!」

 着替えのために寝室へと向かう背中を、穂堂は憂鬱な気持ちで見送った。
 先ほど渡された土産は穂堂が好きな甘さ控えめの生菓子。日持ちする焼き菓子は翁崎おうさき家への土産だろうか。気遣いが嬉しいのに、今日何をしてきたのかを教えてくれないことだけが引っ掛かって素直に喜べなかった。

 しつこく聞いて嫌われたくはない。
 すぐに帰ってきてくれたのだ。
 阿志雄は絶対に裏切らない。

 そう思いながらも、心の奥底に阿志雄に対する不信と不満がじわりと湧き上がる。いつしか穂堂は与えられることに慣れ過ぎて欲張りになっていた。

「わ、うまそう。皿はこれでいいですか」
「はい、お願いします」

 いつのまにか着替えを終えた阿志雄が穂堂の肩越しに鍋を覗き込んでいる。間近から向けられた屈託のない笑顔に、普段通りを装って笑い返した。

 一方、阿志雄は冷や汗をかいていた。
 常日頃から鍬沢くわざわを気に掛けている穂堂のためにと意気込んだはいいが、今日の九里峯との話し合いで得られたものはなかった。むしろ事態を悪化させたようなもの。
 正直に話せば失望されるのではないか。穂堂からの評価が下がることを恐れ、故に阿志雄は口をつぐんだ。





 食事と風呂を済ませ、ソファーに並んで座ってニュース番組を見る。営業の話題作りのための日課だ。阿志雄はテレビ画面に見入っている。
 真剣な横顔を見ながら、穂堂は座面に置かれた彼の手に自分の手を重ねた。急な接触に驚いた阿志雄が顔を上げると、穂堂は「すみません」と顔をそらした。
 だが、まだ手は離さない。

「その、……今日、しますか」

 テレビの音に掻き消されそうなほど小さな声で穂堂が尋ねた。阿志雄は何のことか分からず首を傾げるが、真っ赤になっている穂堂を見て、ガタッとソファーから腰を浮かせた。

「あっ、えっ、い、いいんですか」
「…………」

 はやる気持ちを抑え込むあまり若干挙動不審になりながら、阿志雄は黙って俯く穂堂の肩に手を置いた。

 しかし、今日は日曜の夜。
 こういう行為は金曜か土曜の夜にするという暗黙の了解になっている。仕事に影響が出ないようにするためだ。

「……明日は仕事だから、また今度に」
「えっ」

 なけなしの理性を総動員し、断腸の思いで阿志雄は申し出を断った。
 まさか断られるとは思ってもおらず、穂堂は茫然とした。いつもは穂堂が断る側。だから、拒否された経験は今回が初めてだった。

(……こんなにショックなことなのか)

 明日の仕事に響かぬようにという心遣いだと分かっているのに、まるで自分自身が拒絶されたように感じた。

 同時に、過去の言動を振り返る。
 軽い気持ちで断ったり、そもそも誘いに気付かなかったり。その度に彼に同じような気持ちをさせていたのではないか。知らず知らずのうちに彼を悲しませていたのではないか。

(──だから伊賀里いがりさんに会いに行った?)

 怖気付く気持ちを悟られぬよう穂堂は顔を上げた。目を細め、首を傾けて微笑む。彼の関心を惹きつけるために。

「私は、君と触れ合いたいです」

 再度誘われ、阿志雄の意志が揺らいだ。数秒視線を彷徨わせて迷った後、穂堂の肩を持つ手に力をこめ、引き寄せる。

「穂堂さん……!」

 次に拒否されていたら、きっと立ち直れなかっただろう。阿志雄の腕の中に囚われながら、穂堂は小さく安堵の息をついた。
しおりを挟む
▼▽▼ みやこ嬢のBL作品はこちら ▼▽▼

《 最新作!大学生同士のえっちな純愛 》
お付き合いはお試しセックスの後で。

《 騎士団長と貴族の少年の恋 》
侯爵家令息のハーレムなのに男しかいないのはおかしい

《 親友同士の依存から始まる関係 》
君を繋ぎとめるためのただひとつの方法

《 異世界最強魔法使い総受 》
魔王を倒して元の世界に帰還した勇者パーティーの魔法使い♂が持て余した魔力を消費するために仲間の僧侶♂を頼ったら酷い目に遭っちゃった話

《 ダンジョン探索で深まる関係 》
凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕
感想 10

あなたにおすすめの小説

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

泡沫でも

カミヤルイ
BL
BL小説サイト「BLove」さんのYouTube公式サイト「BLoveチャンネル」にて朗読動画配信中。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

ACCOMPLICE

子犬一 はぁて
BL
欠陥品のα(狼上司)×完全無欠のΩ(大型犬部下)その行為は同情からくるものか、あるいは羨望からくるものか。  産まれつき種を持たないアルファである小鳥遊駿輔は住販会社で働いている。己の欠陥をひた隠し「普通」のアルファとして生きてきた。  新年度、新しく入社してきた岸本雄馬は上司にも物怖じせず意見を言ってくる新進気鋭の新人社員だった。彼を部下に据え一から営業を叩き込むことを指示された小鳥遊は厳しく指導をする。そんな小鳥遊に一切音を上げず一ヶ月働き続けた岸本に、ひょんなことから小鳥遊の秘密を知られてしまう。それ以来岸本はたびたび小鳥遊を脅すようになる。  お互いの秘密を共有したとき、二人は共犯者になった。両者の欠陥を補うように二人の関係は変わっていく。 ACCOMPLICEーー共犯ーー ※この作品はフィクションです。オメガバースの世界観をベースにしていますが、一部解釈を変えている部分があります。

処理中です...