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【番外編】最終話以降のお話
30話・疑心暗鬼
しおりを挟む九里峯との対話はわずか数分で終わった。
せっかく東京まで来たのだから何処かに寄ろうかとも考えたが、ひとりで出歩いても楽しくはない。東京支社時代の同僚たちに連絡する気も起きず、阿志雄はそのまま駅へと戻る。
「……」
帰りの新幹線のチケットを買う際に前面に貼り出されている路線図をちらりと見て、すぐに券売機へと視線を戻す。しばらく足を運んでいない懐かしい場所の記憶を頭の中から締め出して、自宅マンションで待つ穂堂に想いを馳せる。
何の成果も得られなかったが、早く終わったおかげで夕食は一緒に食べられる。駅ナカで土産を幾つか購入し、帰宅予定時間をメールしてから、阿志雄は新幹線のホームへと向かった。
「穂堂さん、ただいま帰りましたー!」
「おかえりなさい阿志雄くん」
玄関に入るなり荷物を放り出し、離れていた半日分を取り戻す勢いで抱き着く。阿志雄の真っ直ぐな愛情表現に、穂堂の抱えていた不安が少しだけ軽くなった。
「ゆっくりしてきても良かったのに」
「いや、明日仕事なんで」
そうは言っても、わざわざ東京まで行ったのだ。あちらでしか会えない人や場所など幾らでもある。気を使わせてしまったか、と穂堂は申し訳なく思った。
「それで、どこへ行ってきたんですか」
土産の紙袋を受け取りながら穂堂が尋ねた。電話口では遠慮してしまったが、このタイミングならば聞いても不自然ではないだろうと考えた上での発言だ。
しかし、阿志雄は言葉を濁した。
「ちょっと野暮用で。……あっ、そうそう。これめっちゃ美味いって評判らしいんで買ってきました!今から食べますか」
はぐらかされた、とすぐに気付く。
「えー……と、もうすぐ夕食ですから」
「じゃあ食後にでも。あと、晩メシの支度ありがとうございます」
「いえ。では着替えてきてください」
「はーい!」
着替えのために寝室へと向かう背中を、穂堂は憂鬱な気持ちで見送った。
先ほど渡された土産は穂堂が好きな甘さ控えめの生菓子。日持ちする焼き菓子は翁崎家への土産だろうか。気遣いが嬉しいのに、今日何をしてきたのかを教えてくれないことだけが引っ掛かって素直に喜べなかった。
しつこく聞いて嫌われたくはない。
すぐに帰ってきてくれたのだ。
阿志雄は絶対に裏切らない。
そう思いながらも、心の奥底に阿志雄に対する不信と不満がじわりと湧き上がる。いつしか穂堂は与えられることに慣れ過ぎて欲張りになっていた。
「わ、うまそう。皿はこれでいいですか」
「はい、お願いします」
いつのまにか着替えを終えた阿志雄が穂堂の肩越しに鍋を覗き込んでいる。間近から向けられた屈託のない笑顔に、普段通りを装って笑い返した。
一方、阿志雄は冷や汗をかいていた。
常日頃から鍬沢を気に掛けている穂堂のためにと意気込んだはいいが、今日の九里峯との話し合いで得られたものはなかった。むしろ事態を悪化させたようなもの。
正直に話せば失望されるのではないか。穂堂からの評価が下がることを恐れ、故に阿志雄は口を噤んだ。
食事と風呂を済ませ、ソファーに並んで座ってニュース番組を見る。営業の話題作りのための日課だ。阿志雄はテレビ画面に見入っている。
真剣な横顔を見ながら、穂堂は座面に置かれた彼の手に自分の手を重ねた。急な接触に驚いた阿志雄が顔を上げると、穂堂は「すみません」と顔をそらした。
だが、まだ手は離さない。
「その、……今日、しますか」
テレビの音に掻き消されそうなほど小さな声で穂堂が尋ねた。阿志雄は何のことか分からず首を傾げるが、真っ赤になっている穂堂を見て、ガタッとソファーから腰を浮かせた。
「あっ、えっ、い、いいんですか」
「…………」
迅る気持ちを抑え込むあまり若干挙動不審になりながら、阿志雄は黙って俯く穂堂の肩に手を置いた。
しかし、今日は日曜の夜。
こういう行為は金曜か土曜の夜にするという暗黙の了解になっている。仕事に影響が出ないようにするためだ。
「……明日は仕事だから、また今度に」
「えっ」
なけなしの理性を総動員し、断腸の思いで阿志雄は申し出を断った。
まさか断られるとは思ってもおらず、穂堂は茫然とした。いつもは穂堂が断る側。だから、拒否された経験は今回が初めてだった。
(……こんなにショックなことなのか)
明日の仕事に響かぬようにという心遣いだと分かっているのに、まるで自分自身が拒絶されたように感じた。
同時に、過去の言動を振り返る。
軽い気持ちで断ったり、そもそも誘いに気付かなかったり。その度に彼に同じような気持ちをさせていたのではないか。知らず知らずのうちに彼を悲しませていたのではないか。
(──だから伊賀里さんに会いに行った?)
怖気付く気持ちを悟られぬよう穂堂は顔を上げた。目を細め、首を傾けて微笑む。彼の関心を惹きつけるために。
「私は、君と触れ合いたいです」
再度誘われ、阿志雄の意志が揺らいだ。数秒視線を彷徨わせて迷った後、穂堂の肩を持つ手に力をこめ、引き寄せる。
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