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【番外編】最終話以降のお話
26話・誰にも言えない心情
しおりを挟む木漏れ日が射し込む山道に三人の姿があった。
「そこ、足元気を付けてください」
「ありがとうございます」
一歩先を行く阿志雄が振り返って手を差し伸べると、穂堂は笑顔でその手を取った。地面の段差は僅かではあるが、毎回阿志雄が先回りして注意を促している。
仲睦まじい二人の様子に今更ツッコむこともなく、鍬沢は淡々と山道を登っていた。
「あれから何度か水を汲みに来てますが、登ったのは初めてです。登山道、綺麗に整備されてますね」
ここは県境の町にある神社の裏手にある山である。鍬沢は御霊泉の水汲み場までしか入ったことがない。興味があるのは料理に使える湧き水だけなのだから当たり前と言える。
「この辺の遠足の定番コースなんだってさ」
「阿志雄さん、なんで知ってるんですか」
山とはいえ標高はそこまで高くない。休まず登れば小一時間ほどで山頂に着く。小学生でも楽に行き来できるコースだ。
穂堂は子どもの頃に登ったことがあると言っていた。だが、阿志雄は今回初めて登ったはずだ。穂堂はともかく、何故阿志雄が知っているのかと疑問を抱いた。
「前に片桐さんから聞いたんだよ。片桐さん、この辺の出身らしくてさ。近隣の小学校はみんなこの山に遠足に来るんだって」
「……へぇ、そうだったんですね」
傷心の片桐を偶然保護した時、警戒心を解くために世間話をした。その際に彼女から聞き出した話である。
鍬沢は努めて平静さを装ってはいるが、内心やや動揺していた。軽い気持ちで尋ねたことから意外な名前が飛びだしてきたからだ。
そんな鍬沢の様子に阿志雄は首を傾げた。
今日は元々湧き水を汲みにいく予定だった鍬沢に同行する形でやってきた。山登りで運動不足を解消するためだ。
(そう言えば、さっきも様子が変だったな)
思い返すのは麓の神社に到着してすぐのこと。境内で話した時から既におかしかった。
鍬沢は何度か来ているが、阿志雄たちがこの地を訪れたのは御霊泉の事件以降初めて。到着してすぐ境内が荒らされていないことに気付いて言及した。あの時、鍬沢は何かを言い掛け、言葉を飲み込んだように見えた。
「阿志雄くん、鍬沢くん。頂上ですよ」
「わあ、いい眺めですね穂堂さん」
「町のほうはかなり建物が増えましたが、山側はほとんど変わってません。子どもの頃に見た景色と同じです」
山頂にはやや開けた場所があり、石造りのベンチが幾つか設置されていた。座って休憩をしながら景色を眺める。
懐かしそうに先代社長との思い出を語る穂堂の話をぼんやりと聴きながら、鍬沢は「ここ、こんなに綺麗だったんだ」と小さな声で呟いた。
この山はさほど標高は高くないが、周りには大きな山々が連なっている。辺り一帯に降った雪や雨が地面に染み込み、濾過されて再び地表に吹き出したものが御霊泉だ。鍬沢は料理に使う湧き水のことばかりに夢中で、周りの環境などほとんど見ていなかった。
麓の神社を荒らす原因を見つけて排除した人物を思い出し、鍬沢の胸がちくりと痛む。彼は環境を守るためではなく、鍬沢のためだけに尽力してくれたのだ。
だが、同時に片桐を騙した悪い男でもある。先ほど阿志雄の口から片桐の名前を聞いて、改めてその事実を再認識した。
(……別に、もう関係ないし)
海外出張から帰ってきたというのに、九里峯はあれ以来姿を見せていない。以前は鍬沢の行く場所に先回りして待ち構えていたが、最近は再び音沙汰が無くなった。今日も、もしかしたら神社にいるかもしれないと思ったがそんなことは無かった。
気持ちとは裏腹に、鍬沢の目は勝手に九里峯の姿を探してしまう。どこにもいないと安堵すると同時に落胆する。
「なんだ鍬沢、疲れたのか?」
「そりゃ疲れますよ。山登りなんて大人になってからしたことないですもん」
「すみません、急に付き合わせてしまって」
「いえ、僕も運動不足気味だったんで丁度良かったです」
阿志雄には嫌味を、穂堂には笑顔を返す。
誰かと一緒にいた方が余計なことを考えずに済むと思ったが実際はあまり変わらない。結局、誰と何処に行こうが頭の片隅は常に彼に占められている。その事実に気付き、鍬沢は自分自身に呆れて溜め息をついた。
湧き水を汲み、前回と同じ蕎麦屋で昼食を取る。帰りに高速道路のサービスエリアに寄って土産を買い、夕方に解散となった。
「オレちょっと電話してきます」
「分かりました。先にシャワー使いますね」
自宅マンションに戻ってすぐ、阿志雄はとある人物に連絡を取った。着替えを持って洗面所へと向かった穂堂に聞かれぬよう注意を払う。
『やあ久しぶり。元気だった?』
「お休みの日にすみません」
『構わないよ。で、何か用かな?』
「ちょっと聞きたいことがあるんです。教えてもらえますか?──伊賀里先輩」
阿志雄が電話を掛けた相手は伊賀里だった。
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