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【番外編】最終話以降のお話
21話・掻き乱される心
しおりを挟む後ろに飾られていた一際目立つ酒瓶がカウンターに出されていた。名札は外され、栓も空いて中身が減っている。
『昨日電話があったのよ。しばらく来れそうにないから常連さん達で飲んでくださいって。良かったら貴方も一杯飲む?』
先に来店していた常連客たちは滅多に飲めない上等の酒を振る舞われて上機嫌になっている。店の入り口で立ち尽くしていた青年は女将から手招きされたが「今日は車で来ているので」と断った。
その日以来、小料理屋に通う頻度が減った。
***
まるで何発も殴られたかのような頭の痛みに堪え兼ねて目を開ければ、そこは住み慣れたアパートだった。薄明かりの中で寝室の天井を眺めながら、ズキズキと痛むこめかみを押さえる。
視界に入った自分の左腕を見ると、まだワイシャツと腕時計を身に付けたまま。着替えもせずに寝てしまったのか。いつ帰ってきたのか。ぼんやりした意識の中で記憶を手繰る。
「目が醒めましたか」
一人暮らしの部屋に自分以外の誰かがいる。
声がするほうに顔を向けると、リビングと寝室を隔てる扉の前に男が立っていた。ゆるく波打つ髪と整った顔立ち。スーツではなく私服姿だ。
「……夢かな」
「おや、夢に見るほど私のことを考えてくれたんですか。嬉しいですね」
何もかも見透かしたような物言いと表情。その澄ました顔を今すぐ殴ってやりたいのに、何故か身体に力が入らない。無理にでも動こうとすれば、ぐらりと天地が回って上半身を起こすことすらできなくなる。
「まだ月曜の夜だというのに、何故こんなに飲んだんですか。しかも車で来て。私が居合わせたから良かったものの、どうやって店から帰るつもりだったんです?」
男の手にはミネラルウォーターのペットボトルがあった。介抱のため、わざわざ買ってきたのだろう。それをベッド横のミニテーブルに置きながら、呆れたように溜め息をつく。
「べつに……代行呼べば済むし……」
「泥酔して住所も言えないくらいだったのに?女将さんが困り果ててましたよ」
女将、と聞いて曖昧だった記憶が蘇る。
昼間に嫌なことがあって、むしゃくしゃした気持ちのまま久々に小料理屋に立ち寄った。車で乗り付けたことも忘れ、浴びるほど酒を飲んだ。女将や常連客の気遣う声を無視して。
数時間前の自分の愚行を思い出し、無理やり身体を起こす。頭痛と軽い吐き気は飲み過ぎによるもの。そばに置かれたペットボトルを取り、水を飲んで息をつけば、少しだけ気分が楽になった。
「無理して起きなくても」
「いや、そういうわけには……えっ」
朦朧とした意識の中で誰かと話をした覚えがある。夢かと思い込んでいたが、その話相手は現実にそこにいた。
思わずベッドの上で悲鳴を上げる。
「くっ九里峯!なんで僕の部屋に……」
「鍬沢さんが酔い潰れていたからですよ」
車で来ていたにも関わらず泥酔した鍬沢に代わり、九里峯が運転して自宅まで連れ帰ってきたのだ。住所はとっくに調べられている。懐を探れば鍵もある。鍬沢が寝こけている間にミネラルウォーターと頭痛薬を買いに行く余裕すらあった。
「さっきも聞きましたけど、明日も仕事でしょう。何故あんな無茶な飲みかたをしたんですか。普段そんなに飲みませんよね?」
「……うるさいな」
責めるような小言に、鍬沢は眉をしかめた。
意識ははっきりしたが、まだ頭はガンガンと痛むし吐き気も残っている。ヤケ酒の報いは甘んじて受けるが、九里峯から怒られる筋合いはない。
「世話なんて頼んでない。勝手に僕んちに入らないでください」
「放っておけませんよ、こんな状態で」
睨まれて、九里峯は眉尻を下げて寂しげに笑った。その言葉を鍬沢は鼻で笑う。
「引っ掻き回すだけ引っ掻き回しておいて、ずっと来なかったくせに」
行く先々に現れてはちょっかいを出していた九里峯が突然来なくなった。何の前触れも挨拶も無しに、鍬沢の前から姿を消した。最初の頃はどこへ行くにも身構えていたが、一ヶ月も経つ頃には慣れた。元通りの平穏な日々が戻ってきたことが素直に嬉しかった。
しかし、小料理屋には連絡を入れていた。
高い酒をボトルキープしたばかり。開栓後、時間が経てばせっかくの酒が劣化して不味くなってしまう。しばらく店には行けないから、よろしければ皆さんで飲んでください、と。
──自分には連絡ひとつ寄越さないくせに。
心のどこかで、彼にとって自分は特別なのではないかと思い込んでいた。本心がどうであれ、構わずにはいられない存在なのだと。それは間違いであったと思い知らされた。
鍬沢は小料理屋に通う頻度を減らした。
目障りだったはずの酒瓶がいつもの場所から消えたことが腹立たしかったからだ。この感情が何なのか、鍬沢には分からなかった。
そして今日、元東京支社長の紡に呼び出されて意味の分からない話をされた。貴重な休憩時間を潰されて苛々していた。
『おまえは九里峯とはどういう関係だ』
そう問われて何も言えなかった。
説明できるような確かなものは何もない。
鬱屈した気持ちを誤魔化すために久しぶりに小料理屋へ行った。カウンターの後ろには、やはりあの酒瓶はない。当て付けのように同じ酒を注文し、料理も食べずに呷った。
酔い潰れた後で、心を掻き乱した張本人が現れるとも知らずに。
「僕とあんたのことを、なんで他人から聞かれなきゃならないんだ……!」
いつもなら絶対に口にしないような言葉を、鍬沢は九里峯にぶつけた。
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