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【番外編】最終話以降のお話

18話・押し問答

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 株式会社ケルスト本社に新たに作られた休憩所レストスペースは天井高のガラスで仕切られており、エントランスから内部が見えるようになっている。打ち合わせ以外にも社員が息抜きのために利用できる場所だ。
 この日も何人かの社員が居たのだが、ど真ん中のテーブルから漂う異様な雰囲気に圧され、みな自分の部署へと戻っていった。

「……何の用ですか」
「幾つか確認したいことがある」

 鍬沢くわざわはテーブルを挟んだ向かいの席で踏ん反り返っている翁崎 紡おうさき つむぐを見ながら尋ねた。
 彼は株式会社ケルストの創業者一族の一員であり、以前は東京支社の社長を務めていた。古株社員に直接連絡を取って鍬沢を呼び出すことができたのは、彼がそういう立場にいるからだ。

 鍬沢には呼ばれた理由に察しがついていた。
 紡が本社乗っ取りをくわだてた際、阿志雄あしおと共に妨害をした。東京支社にいた社員を呼び戻すために小細工を仕掛けた。あちら側に残った情報システム部の元同僚たちには鍬沢の仕業だとバレているだろう。
 その件で恨まれている可能性は十分に有り得る。

(もう別会社なんだし、処罰されるようなことはないだろうけど)

 そう思いながらも、やはり偉い人と一対一で向かい合っているのは落ち着かない。早くこの場から離れたいと鍬沢は願った。

「おまえは何故本社に転勤希望を出した」
「はい?」

 何を言われるかと身構えていた鍬沢は、思わぬ質問に間の抜けた声を上げた。

 本社は田舎の地方都市にあり、社員の間では流刑地と呼ばれるほど人気のない勤務地だ。花形である東京支社からわざわざ本社に移りたがる者はいない。
 だが、鍬沢は本社情報システム部の人員募集に真っ先に応募した。

 質問の意図をはかりかねて黙り込んだ鍬沢に対し、紡はじろりと睨んで返答を迫る。

「……僕がいちばん身軽だったからです。当時同じ部署にいた人たちは既婚者か恋人がいたんで」
「ふん」

 本当は東京支社のまずい社員食堂に嫌気がさしていただけなのだが、そこは黙っておいた。もっともらしい理由を告げたというのに、紡はつまらなさそうに鼻を鳴らすのみ。

 こんなことを聞くためだけにわざわざ足を運んだとは思えないが、下手に口を開いて藪をつつくのも避けたい。必要最低限の返事だけに留めておくことにした。

 続いて差し障りのない質問をされ、怪訝に思いながらも言葉少なめに答えていく。まるで面接のような重苦しい空気に、鍬沢の精神的疲労は蓄積していった。

 そろそろ昼休憩の時間が終わる。
 紡もただ闇雲に質問しているだけではない。向かいに座る青年を観察しながら、本当に確認したいことをどう尋ねたものかと悩んでいた。時間に限りがあることにも当然気付いている。相手の就業時間を削ってまで付き合わせたいわけではない。

「最後にひとつだけ聞く。おまえは──」





 通話を終えた阿志雄は休憩所に入った。
 もうすぐ穂堂ほどうが来る。昼休憩が終わるまで少しでも話せたら、と思って誘ったのだ。浮かれた気持ちでドリンクバーの飲み物を取りに行き、そのついでに鍬沢の様子を見る。
 エントランスからではガラス越しで分からなかったが、数メートルの距離まで近付けば鍬沢と相対している相手がよく見えた。ジロジロ見ては失礼になる。すぐに離れた席に行こうとしたが、思わぬ人物の姿に二度見してしまう。

「し、支社長……?」

 ここにいるはずのない人物に、阿志雄が反射的に声を上げた。すぐに慌てて口を塞ぐが、時すでに遅し。大きな声は離れたテーブル席に座るふたりの耳にしっかり届いてしまった。

「おまえは営業部の阿志雄だな」
「阿志雄さん……」

 紡からは睨まれ、鍬沢からは縋るように見つめられ、阿志雄は無視するわけにもいかなくなった。

 阿志雄が営業成績ナンバーワンの権利で東京支社から本社に転勤した件を後から知り、紡は腹を立てていた。本社乗っ取りを邪魔したのも阿志雄だ。どんなに優秀な社員でも自分の下にいなければ意味はない。紡にとって、阿志雄は目の上のたんこぶ的存在となっていた。

「なんでアンタが鍬沢に」
「おまえには関係ない」

 突然睨み合いを始めた紡と阿志雄に挟まれ、鍬沢は深い溜め息をついた。
 あと十五分で昼休憩が終わる。和地わじの美味しいランチで上がっていた気分はとっくに地に落ちている。意味もなく貴重な休憩時間を潰され、空しい気持ちになった。

「ケンカするなら別の場所でやってください。僕は仕事に戻りますんで」
「待て、鍬沢 明くわざわ あきら!」

 呆れ顔で席を立つ鍬沢を紡が引き留めた。

「最後にひとつだけ。おまえはれん……九里峯くりみねとはどういう関係だ」
「は?」

 九里峯の名を出され、鍬沢が顔をしかめた。
 構わず紡は言葉を続ける。

「あいつがおまえに執着する理由がわからん」
「僕だって知りませんよ」
「そんなはずはない。現にあいつは何度もおまえに会いに来ているじゃないか」
「あっちが勝手に来てるんです」

 そのやり取りを聞いて、阿志雄は初めて九里峯が鍬沢にちょっかいを出していることを知った。居酒屋で直接話して以来、九里峯はもうこの辺りには来ていないと思い込んでいたが、実際は違ったのだと悟る。
 口を挟みたい気持ちをぐっと堪え、ふたりの会話を黙って見守る。

「理由もなしに月に何度もこんな所まで来るものか」
「最近は来てないんですからもう関係ありません。あの人が僕に付きまとっていたのは単なる嫌がらせでしょう。僕が仕事の邪魔をしたから」

 カタンと小さな音が休憩所内に響く。
 阿志雄が振り返ると、後ろに穂堂が立っていた。

「どうして紡さんが鍬沢くんと?」

 穂堂の手には鍬沢の社員証が握られている。彼に忘れ物を届けるために来たのだ。それなのに、予想外の人物の姿を見つけて固まっている。

 紡は鍬沢との会話に集中しており、穂堂が休憩所に来たことに気付いていない。

 まずい、と阿志雄は焦った。
 この先の会話を聞かれたら穂堂が傷付く。今ここで繰り広げられている言い争いは彼が知る必要のないもの。

「穂堂さん、あっちへ行きましょう!」

 慌てて穂堂を離れた場所に連れて行こうとするが、間に合わなかった。




「俺が九里峯に頼んだんだ。とおるをケルストから追い出すために」




「……えっ」




 紡の言葉を聞いて、穂堂は顔色を失った。


 
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