【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

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【番外編】最終話以降のお話

17話・引き合う糸

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 先に出た鍬沢くわざわに数分遅れて穂堂ほどうも食事を終え、食器のトレイをカウンターへと返却しに行く。すると、食堂のおばちゃん・和地わじに呼び止められた。

「穂堂さん、ちょっと」
「なんでしょう」
「鍬沢くんがランチのトレイに社員証忘れていったのよ。悪いけど届けてもらえる?」
「わかりました。お預かりします」

 鍬沢は食事の際に社員証を外す癖がある。普段は食後すぐ身に着けるが、今日は不意の呼び出しに慌てて失念してしまったらしい。
 株式会社ケルストの社員証はICカードで、出退勤の記録や各部署を隔てる扉を開ける鍵にもなり、社内の自販機や食堂の決済も可能。故に、常に持ち歩いていないと業務に支障が出る。

 社員食堂を出て情報システム部のある階に向かおうとする途中、穂堂の会社支給携帯が鳴った。邪魔にならないよう廊下の端に移動してから確認すれば、液晶画面には恋人の名前が表示されていた。

「どうしました阿志雄あしおくん」
『もう昼メシ食いました? いま外回りから戻ってきたとこなんですけど、まだだったら一緒に』
「すみません。もう食べ終えてしまいまして」

 時間は十二時半。昼休み終了までまだ時間はある。あと五分連絡が早ければ社員食堂で待つことも出来たが、既に食事を終えて席を立ってしまっている。せっかく声を掛けてくれたのに、と穂堂は申し訳なく思った。

『じゃあ穂堂さんの休憩時間が終わるまでお茶しません? オレはそのあと社員食堂行くんで』

 外回りから戻った阿志雄は、社用車を駐車場の端に停めてから社屋に向かって歩いているところだ。エントランスのそばには休憩所レストスペースがある。取り引き先との簡単な打ち合わせや社員の憩いの場として利用できる空間である。

 一緒に暮らしているが、職場ではほとんど顔を合わせる機会はない。阿志雄はほんの数分だけでも会いたいと言っているのだ。
 これにも穂堂は即答できなかった。了承したいところだが、今は鍬沢に社員証を届けるという大事な用がある。

「すみません。急ぎで鍬沢くんに届けなくてはならないものがあって」
『……そうですか』

 謝れば、電話の向こうから気落ちした声が聞こえてきた。同時に自動扉が開く音も聞こえる。移動しながら話している阿志雄が本社のエントランスに入ったのだ。

『残念ですけど、……あっ!』
「え?」
『鍬沢、休憩所にいますよ。誰かと話してる』
「そうなんですか。じゃあそちらに行きますね」

 休憩所のガラスの仕切り越しに鍬沢の姿を見つけた阿志雄の言葉に返事をしてから通話を終えた。一時は断りかけた誘いも、社員証を渡しに行くという大義名分のおかげで堂々と受けることができる。

 胸ポケットに会社支給携帯をしまい、穂堂は走り出したい気持ちを抑えて廊下を歩き始めた。






 鍬沢は指定された場所に着いてポカンと口を開けた。休憩所のテーブルに座って待ち構えていたのは、彼がよく知る人物だったからだ。

「じゃあ鍬沢くん、あとは頼んだよ」
「え、ちょっ、部長?」

 この場へ呼び出した張本人である情報システム部の部長はそそくさと部署へと戻っていってしまった。取り残されて呆然と立ち尽くす鍬沢に、目の前の人物が顎をしゃくって向かいの椅子に座るよう促す。

「僕を呼んだのは支社長ですか」
「俺はもう『支社長』ではない。知っているだろう、鍬沢 明くわざわ あきら
「……はぁ」

 そう言われても、と鍬沢は思いながら椅子に腰掛けた。

 呼び出した人物は翁崎 紡おうさき つむぐ
 数ヶ月前まで株式会社ケルスト東京支社の支社長だったが、現在は新会社の社長に就任している。

 ケルスト本社内で『社長』といえば彼の兄である翁崎 学おうさき まなぶを指す。区別をつけるには下の名前で呼ぶほかないが、そんな風に呼べるような間柄ではない。
 本社に転勤する前は東京支社勤務だったとはいえ、鍬沢はただの平社員に過ぎない。これまで直接話をしたことすらないのだ。

「それで、用件はなんですか」

 さっさと解放してもらうため、鍬沢は再び話を戻した。

 
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