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【番外編】最終話以降のお話

13話・動き始めた歯車

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『そろそろ帰国したいんだけど』

 受話器の向こうから聞こえる悪友のぼやきに、またか、とつむぐは小さく息をついた。

「仕事が終われば明日にでも帰ってきて構わん。だが、まだメーカーと話がついてないだろう?」
『こっちの人たちがのんびり過ぎるんだよ。休憩長いし判断も遅いし、当初の予定狂いまくり』
「俺には合わん。れんに任せて良かった」
だって合わない!……もう、こんなに長引くとは思ってなかったよ。早く日本に帰りたい』
「話だけは聞いてやったぞ。まあ頑張れ」
『え、ちょっ──』

 問答無用で通話を切る。
 終わらない愚痴を聞いていても事態は何も好転しない。長年の付き合いのよしみで話には付き合うが、そもそも紡は無駄を嫌う。あちらはまだ昼間かもしれないが、こちらはもう退勤時刻を過ぎた。紡には自宅で愛する妻の手料理を食べるという何より優先すべき大事な用事が待っている。

 そういえば、と紡は以前聞いた話を思い出した。


『好きな子にキスしたら泣かれちゃって』

『少し前まで東京支社で働いてた子だよ』


 百戦錬磨の九里峯くりみねが珍しく手を焼いていた。決して近くはない距離を足繁く通い、何度袖にされても諦めきれず、堅物の紡にまで相談を持ちかけてきた。業務に関係のない情報はすぐに忘れる性質たちだが、滅多にないことだったから印象に残っている。
 目に余るほど相手の元へと通っていたから、わざと海外での仕事を振って距離を置かせたのだ。

 本来の彼は堅苦しい日本より大らかな海外のほうが好きだったはずだ。洋酒は好みに合わないらしいが、探せば日本酒を置いている店はある。二ヶ月足らずで音を上げるのは予想外だった。
 帰国したい理由はやはり想い人に会いたいからだろう。




 社長室を出て調査部門のブースに立ち寄ると、残っていた社員たちが椅子から立って頭を下げた。普段は直接関わらない社長のお出ましに、みな緊張した面持ちである。

「聞きたいことがあるんだが」

 紡は早速自分の用件を担当者に伝えた。
 しかし。

「その件は副社長に確認しませんと……」
「なんだと?」

 調査部門の人員はほぼ全員が九里峯リサーチの出である。故に、従うのは副社長の九里峯のみ。新会社に組み込まれてからも命令系統は変わらない。特に『お気に入り』に関する情報を勝手に洩らすなどあってはならないことだ。やんわりと拒否するのは当然。

 だが、紡は簡単に引き下がるような性格ではない。こうしている間にも貴重なプライベートの時間が減っている。
 仕方なく、最後の手段を使うことにした。

「すぐに教えろ。でなければ全員処分する」

 押し問答や懐柔する時間すら無駄と見做す紡は早々に社長権限を振りかざし、調査部門から情報を無理矢理もぎ取った。

「……本当にコイツなのか」
「は、はい」

 出てきたのはケルスト東京支社時代の鍬沢くわざわの社員情報。写真付きの履歴書と人事考課、本社に移ってからの職務内容や住んでいるアパートの住所まで。
 優秀だが特に目立つ社員ではないようで、同じ社屋で数年働いていたはずなのに写真を見ても紡には覚えがなかった。

「人違いでは?」
「わ、私どもに言われましても……」

 どこからどう見ても男じゃないか、と言い掛けて口を噤む。
 出させた資料は『九里峯が執着している人物』のものだ。てっきり相手が女性だと思い込んでいた紡は首を傾げた。

 幾ら彼らが渋ったとしても、まさか自社の社長相手にダミーの情報を渡すような真似はしないだろう。

「まあいい。無理を言って悪かったな」

 そう言って、紡はさっさと調査部門のブースから退出していく。
 後に残された社員たちは、すぐに九里峯に謝罪と報告のために連絡を入れた。

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