【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

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【番外編】最終話以降のお話

12話(前)・とある休日の朝 *

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 いつもとは違う布団の感触に、穂堂ほどうはゆっくりと重い瞼を持ち上げた。薄暗い室内。高い天井には見覚えがある。北側にある一番狭い部屋だ。このマンションに移り住んで以来、ずっとこの部屋で寝起きをしていた。

 身体を起こして辺りを見回す。
 室内には、フローリングに敷かれた布団以外に何もない。見慣れた光景に、これまでのことは全て夢だったのかと穂堂は焦りを感じた。

 まだ覚め切らぬ頭を振って枕元をよく見れば、革製のトレイの上に穂堂の眼鏡、その隣にはミネラルウォーターのペットボトルが置かれていた。こんな気遣いをしてくれる相手は一人しかいない。ホッと安堵の息をつき、眼鏡を手に取る。

 その時、玄関のドアが開いた音がした。
 すぐに布団から出てそちらへと向かう。

阿志雄あしおくん」
「あ、おはようございます穂堂さん。もう少し寝てても良かったのに」

 外から帰ってきたのは阿志雄だった。
 Tシャツにジーンズというラフな出立ちで、持っているのは財布と鍵だけ。

「早起きして、どこへ行っていたんです」
「近くのコインランドリーに。シーツと布団カバーを洗ってるとこです」
「そうでしたか」

 寝室を覗いてみれば、確かに二台のベッドからはシーツが剥がされており、床にはカバーを外された上掛け布団が積まれていた。これから日当たりの良い南側の部屋で干す予定だという。

 昨夜はベッドで寝た記憶がある。洗濯なら穂堂が起きてからでも問題ないはずだ。

「起こしてくれれば良かったのに」

 よりによって、寝ている間に以前と同じ部屋と布団に移されていたのだ。一瞬とはいえ独りでマンションに住んでいた頃と錯覚して、穂堂は酷く驚いた。つい責めるような口調になる。

「すんません。えっと、……昨夜は無理させちまったし、よく眠っていたから起こすのは忍びなくて」
「あ、そ、そう、ですか」

 そこまで言われ、穂堂は昨夜のことを思い出した。



 いつまで経っても触り合い以上の行為をしてこない阿志雄に対し、穂堂はやや不満を抱いていた。

 経験はないが、恋人同士が何をするのかくらい知っている。もちろん男女と同じようにはいかないことも理解している。根が真面目で勉強家な穂堂は、待っていても埒が明かないとばかりに自ら調べて必要なものを取り揃えた。

 そうとは知らない阿志雄は、今は使われていない北側の部屋に積まれた小さな段ボール箱の存在に気付いてすらいなかった。

 休みの前日の夜は触れ合うと決まっている。
 この日を心待ちにしていた阿志雄は、ベッドの上で穂堂と向き合った状態で固まった。彼の視線は二人の間に置かれたものに釘付けになっている。

「ほ、穂堂さん、これは……」
「私たちに必要なものです」
「それはそうですけど」

 シーツの上に整然と並べられているのはコンドームの箱とローションのボトル。これらの品が示す意味が分からないわけではないが、阿志雄の頭の中は「なんで?」でいっぱいになった。

「君が私を大事にしてくれているのは分かっています。故に、私に負担のない方法を選んでくれていることも。ですが、君に我慢を強いるのは私の本意ではありません」

 ベッドの上でキッチリ正座し、両手を膝に置いた姿勢のまま、穂堂は真っ直ぐに阿志雄を見据えた。狼狽えてやや腰が引けている阿志雄と違い、堂々としている。

「いや、だって、男同士だと色々大変だから、穂堂さんにそんなことさせらんなくて」

 このに及んでまだグダグダと言い訳をする阿志雄の手を握り、そっと自分のほうへと引き寄せる。ほんの少しだけ首を傾け、その指先に軽く口付けてから、穂堂は口を開いた。

「必要な準備は全て終えています。……君の言う『色々大変』なことを折角済ませたのに、まさか無駄にするつもりですか?」

 返事をするのも忘れ、阿志雄は目の前に座る恋人を思いきり抱きしめた。いつもは必ず了承を得てからするキスを何度もしてから、穂堂の頬を両手で挟んで間近で見つめ合う。

「なんでそんなに男前なの!?」
「私は君の彼氏ですから」
「もぉ、ズルいですよ穂堂さん」

 阿志雄の瞳は既に欲に浮かされていた。
 失敗したくないし傷付けたくない。何をするにも及び腰な阿志雄を奮い立たせるのはいつも穂堂だ。何の経験もないからこそ潔く一歩を踏み出せる。年上らしく先導したいという気持ちもある。

「オレのために準備してくれたんですか」
「いえ、ほとんど自分のためですよ。私が君と深く繋がりたかったんです」
「ええ~……何それ。めちゃ嬉しい」

 そう言いながら、阿志雄は穂堂のこめかみや鼻先、頬に口付けた。頬を挟んでいた両手はそれぞれ二の腕から手首を撫で、背筋をなぞって下へと降りていく。されるがままになっていた穂堂は、ようやくやる気を見せた阿志雄を褒めるようにその腕を彼の背中に回した。

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