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【番外編】最終話以降のお話
6話・きっちり
しおりを挟む阿志雄には不満があった。
同棲していれば起こり得るであろうハプニングが何も起きないからである。
例えば風呂上がり。
マンションが広過ぎるため、半裸で遭遇することはない。穂堂は日常生活もきっちりしており、だらしない格好のままウロつくこともない。
トイレ帰りに手を洗うという口実を使って穂堂が風呂から上がるタイミングで洗面所に侵入する手もあるが、なんとこのマンション、トイレの個室内に手を洗う設備が付いている。
朝も早起きをして、阿志雄が目を覚ます前に着替えを済ませている。たまに阿志雄が先に起きても、トイレや洗面をしている間に着替えが終わっている。
下着自体は洗濯物干したり畳んだりで見てはいるが、本人が下着一枚でいる姿を見たことがない。
外では見られない穂堂を見てみたい。
しかし、彼の性格を考えると難しい。
(ていうか、育ちが良いんだよな)
九才で先代社長に引き取られ大事に育てられたからか、穂堂は身なりから言葉遣い、普段の過ごし方まできっちりとしていて隙がない。気を許していないのではなく、この状態が普通なのだ。一般家庭で育った阿志雄とは根本から違う。
ハグやキスが当たり前になってからも、薄いようで分厚い壁がふたりの間にある。これをどうにか取り除きたくて、阿志雄は日々悶々としていた。
そんな悩みなど気付いてもいない穂堂は、いつものようにきっちり着込んだパジャマ姿で風呂場から戻ってきた。髪も乾かし済みである。
リビングのソファーに並んで座り、軽く晩酌しながらテレビの画面に見入る。ニュース番組は営業の話のネタになるので阿志雄は毎日欠かさずチェックしている。それに穂堂も付き合う。
無駄に大きなソファーは大人が三人並んで座れるほどで、なんとなく左右に分かれて座ってしまうが、最近になってようやくくっついて座るようになった。穂堂の頭を自分に凭れ掛からせ、腕を回して肩を抱き寄せる。
最初のうちはどうしたものかと戸惑っていた穂堂だが、次第に慣れ、今は完全にリラックスした状態で阿志雄に身体を委ねている。
「……鍬沢くんのことですが」
ニュースが終わり、CMが流れ始めた辺りで穂堂が口を開いた。
「彼から悩みは聞けました?」
「いや。オレには話してくれないですね」
「私もダメでした」
「確かに何か悩んでるっぽいけど、踏み込むなっていう空気を出されてて」
「そうなんですよね……」
社員食堂でランチを一緒に食べる時にそれとなく話を振ってみたが、全て躱されている。本人が言わない以上、何もすることは出来ない。
「鍬沢くんにも色々と手を貸してもらいましたから、もし彼が困っているなら助けてあげたいんですけど」
親交を深めてきたとはいえ、何でも話せる仲になれたわけではない。穂堂も自分の事情を全て話していない手前、鍬沢に強要するわけにもいかず、ただただ頭を悩ませていた。
しゅんと気落ちする様子を見て、阿志雄が眉間に皺を寄せる。友人として心配する気持ちは理解できるが、いつまでも他の男のことばかり考えていてもらっては恋人としての立つ瀬がない。
「穂堂さん、もう寝ます?」
「ええ。そろそろ」
そう言って身体を離そうとした穂堂の肩をがっちり掴み、そっと自分のほうに向かせる。間近で視線が絡み合い、流れで唇を重ねようとするが……
「まだ歯を磨いていませんので」
……と、突っ撥ねられてしまった。
空いたグラスをキッチンに運び、そのまま洗面所に向かう穂堂。その後ろ姿を黙って見送りながら、阿志雄の頭の中は彼と触れ合うことばかりを夢想していた。
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