【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

文字の大きさ
上 下
103 / 142
【番外編】最終話以降のお話

2話・口付け

しおりを挟む


阿志雄あしおくん、そろそろ出ないと」
「んー、もう少し」

 スーツを着て、鞄を持って、靴を履いて。
 あとは玄関の扉を開けるだけの状態で、穂堂ほどうは動けなくなっていた。ドアノブに掛けていた手を離し、背後から自分を抱き締めて肩に頭を乗せている恋人の髪を撫でる。

「遅刻してしまいますよ」
「だって」
「夕食が別々になることくらい今までに何度かありましたよね?何故今回はこんなに不満そうなんですか」

 阿志雄は取引先と接待。
 穂堂は総務部の送別会。

 たまたま同じ日に別々の用事が入り、夕食が一緒に食べられないことが確定している。そのせいか、今日はいつもより離れがたい。玄関の扉の向こうに出れば、こうして触れ合うことが出来なくなってしまうからだ。

「……飲み会で潰れた奴を家まで送ったりするんでしょ?あんまりオレ以外のひとに優しくしないで」

 会社の飲み会では、穂堂は主に幹事役を務めたりサポートに回る。泥酔した社員を自宅まで車で送り届けることも珍しくない。阿志雄との出会いのきっかけもそうだった。
 だからこそ、同じようなことをして他の人が穂堂に好意をいだくようなことがあったら困る。

「そういう時はタクシーを呼びますから」
「絶対ですよ?」
「阿志雄くんこそ酔い潰れないように」
「オレ、本当は酒強いんですけど」
「分かってます」

 腕の力が緩んだ隙に身体を離し、先に出て行く穂堂を追い掛け、阿志雄も慌てて玄関から出た。エレベーターに乗って地下の駐車場まで降りる間、しばらく無言となる。

(朝から面倒臭いこと言っちまった)

 独占欲丸出しで我が儘を言った自覚はある。阿志雄は気まずい気持ちでエレベーターが地下に到着するのを待った。

 あと数階降りれば着くというタイミングで、隣に立つ穂堂が阿志雄の腕を引き、隅へと誘う。

「穂堂さ、──」

 戸惑う阿志雄の声は、重ねられた唇によって封じられた。触れるだけの口付けならもう何度もしているが、こんな場所エレベーターでは初めてで、阿志雄は身動きひとつ出来なかった。

「妬いているのは君だけではありませんよ」
「は、はい……」

 唇を離して言葉を交わした次の瞬間、エレベーターが地下駐車場に到着した。さっさと愛車の元へ歩いて行く穂堂に遅れないようについていく。彼の耳が僅かに赤くなっていることに気付き、阿志雄は嬉しくなった。

 会社へと向かう車内。
 すっかり定位置となった助手席に座り、浮かれた声で阿志雄が運転席の穂堂に話し掛ける。

「意外でした。穂堂さんが家以外の場所でああいうことするなんて」
「あの位置は監視カメラの死角なんですよ。身体は映りますが、何をしているかまでは見えません」

 先ほど穂堂に腕を引かれてエレベーターの片隅へと押しやられた。監視カメラはちょうどその上に取り付けられ、出入り口を映すようになっている。真下の壁際は死角だ。

「よく知ってますね」
「管理会社の方に教えていただきました」
「へえ……」

 穂堂はキッチリした見た目や性格から信用を得やすい。愛想と話術で取り入る阿志雄とは違うタイプだが、他者から好かれやすいのは事実。
 管理人常駐のマンションでもないのにいつ交流を、と疑問に思ったのが伝わったのだろう。わざとらしい咳払いをしてから穂堂が重い口を開いた。

「……部屋から出た後も君と少しでも触れたいと思って……世間話を装って聞き出してしまいました」

 意外な答えに、阿志雄がバッと運転席のほうを見た。表情は変わらないが、やはり少し照れているようで、頬が少し赤い。

「今日、出来るだけ早く帰りますね」
「私も。二次会などは遠慮しておきます」
「…………」
「…………」
「ダメだ、もう帰りたい」
「いけませんよ。もう会社に着きますから」

 同じ会社に勤めていても、部署が違うため就業時間中はほぼ顔を合わす機会はない。
 同じマンションに住んでいるのに、たった半日離れて過ごす時間が耐えられない。
 こんな調子で、お互いに会うまでどうやって生きてきたのかすら分からなくなっている。

「せめて昼メシは一緒に食べたいです」
「そうですね。行けそうなら昼休憩前に連絡を入れてください。時間を合わせるくらいはします」
「やった!」
「もちろん鍬沢くわざわくんも一緒ですよ」
「ええ~……」

 あからさまに落胆しているが、穂堂が普段ランチを共にしている相手は主に鍬沢である。外回りが多い阿志雄は滅多に社員食堂で食事が出来ない。

「何か悩みがあるみたいなんですが、私は教えてもらえなくて。鍬沢くんからうまく聞き出してくれませんか?」
「穂堂さんがそう言うなら……」

 会社の駐車場に車を止め、シートベルトの留め具を外す穂堂の手の上に自分の手を重ね、阿志雄は目を細めて笑った。

「後で連絡しますね」
「はい。でも仕事優先で」

 営業部と総務部はフロアが違う。エレベーターを使う阿志雄と階段で向かう穂堂はエントランスを抜けた先は別ルートだ。途中まで並んで歩き、軽く手を振って別れる。

 颯爽と持ち場へと向かう穂堂の背中を見送ってから、阿志雄も気持ちを仕事モードへと切り替えた。
しおりを挟む
▼▽▼ みやこ嬢のBL作品はこちら ▼▽▼

《 最新作!大学生同士のえっちな純愛 》
お付き合いはお試しセックスの後で。

《 騎士団長と貴族の少年の恋 》
侯爵家令息のハーレムなのに男しかいないのはおかしい

《 親友同士の依存から始まる関係 》
君を繋ぎとめるためのただひとつの方法

《 異世界最強魔法使い総受 》
魔王を倒して元の世界に帰還した勇者パーティーの魔法使い♂が持て余した魔力を消費するために仲間の僧侶♂を頼ったら酷い目に遭っちゃった話

《 ダンジョン探索で深まる関係 》
凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

処理中です...