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【番外編】最終話以降のお話
2話・口付け
しおりを挟む「阿志雄くん、そろそろ出ないと」
「んー、もう少し」
スーツを着て、鞄を持って、靴を履いて。
あとは玄関の扉を開けるだけの状態で、穂堂は動けなくなっていた。ドアノブに掛けていた手を離し、背後から自分を抱き締めて肩に頭を乗せている恋人の髪を撫でる。
「遅刻してしまいますよ」
「だって」
「夕食が別々になることくらい今までに何度かありましたよね?何故今回はこんなに不満そうなんですか」
阿志雄は取引先と接待。
穂堂は総務部の送別会。
たまたま同じ日に別々の用事が入り、夕食が一緒に食べられないことが確定している。そのせいか、今日はいつもより離れがたい。玄関の扉の向こうに出れば、こうして触れ合うことが出来なくなってしまうからだ。
「……飲み会で潰れた奴を家まで送ったりするんでしょ?あんまりオレ以外のひとに優しくしないで」
会社の飲み会では、穂堂は主に幹事役を務めたりサポートに回る。泥酔した社員を自宅まで車で送り届けることも珍しくない。阿志雄との出会いのきっかけもそうだった。
だからこそ、同じようなことをして他の人が穂堂に好意を抱くようなことがあったら困る。
「そういう時はタクシーを呼びますから」
「絶対ですよ?」
「阿志雄くんこそ酔い潰れないように」
「オレ、本当は酒強いんですけど」
「分かってます」
腕の力が緩んだ隙に身体を離し、先に出て行く穂堂を追い掛け、阿志雄も慌てて玄関から出た。エレベーターに乗って地下の駐車場まで降りる間、しばらく無言となる。
(朝から面倒臭いこと言っちまった)
独占欲丸出しで我が儘を言った自覚はある。阿志雄は気まずい気持ちでエレベーターが地下に到着するのを待った。
あと数階降りれば着くというタイミングで、隣に立つ穂堂が阿志雄の腕を引き、隅へと誘う。
「穂堂さ、──」
戸惑う阿志雄の声は、重ねられた唇によって封じられた。触れるだけの口付けならもう何度もしているが、こんな場所では初めてで、阿志雄は身動きひとつ出来なかった。
「妬いているのは君だけではありませんよ」
「は、はい……」
唇を離して言葉を交わした次の瞬間、エレベーターが地下駐車場に到着した。さっさと愛車の元へ歩いて行く穂堂に遅れないようについていく。彼の耳が僅かに赤くなっていることに気付き、阿志雄は嬉しくなった。
会社へと向かう車内。
すっかり定位置となった助手席に座り、浮かれた声で阿志雄が運転席の穂堂に話し掛ける。
「意外でした。穂堂さんが家以外の場所でああいうことするなんて」
「あの位置は監視カメラの死角なんですよ。身体は映りますが、何をしているかまでは見えません」
先ほど穂堂に腕を引かれてエレベーターの片隅へと押しやられた。監視カメラはちょうどその上に取り付けられ、出入り口を映すようになっている。真下の壁際は死角だ。
「よく知ってますね」
「管理会社の方に教えていただきました」
「へえ……」
穂堂はキッチリした見た目や性格から信用を得やすい。愛想と話術で取り入る阿志雄とは違うタイプだが、他者から好かれやすいのは事実。
管理人常駐のマンションでもないのにいつ交流を、と疑問に思ったのが伝わったのだろう。わざとらしい咳払いをしてから穂堂が重い口を開いた。
「……部屋から出た後も君と少しでも触れたいと思って……世間話を装って聞き出してしまいました」
意外な答えに、阿志雄がバッと運転席のほうを見た。表情は変わらないが、やはり少し照れているようで、頬が少し赤い。
「今日、出来るだけ早く帰りますね」
「私も。二次会などは遠慮しておきます」
「…………」
「…………」
「ダメだ、もう帰りたい」
「いけませんよ。もう会社に着きますから」
同じ会社に勤めていても、部署が違うため就業時間中はほぼ顔を合わす機会はない。
同じマンションに住んでいるのに、たった半日離れて過ごす時間が耐えられない。
こんな調子で、お互いに会うまでどうやって生きてきたのかすら分からなくなっている。
「せめて昼メシは一緒に食べたいです」
「そうですね。行けそうなら昼休憩前に連絡を入れてください。時間を合わせるくらいはします」
「やった!」
「もちろん鍬沢くんも一緒ですよ」
「ええ~……」
あからさまに落胆しているが、穂堂が普段ランチを共にしている相手は主に鍬沢である。外回りが多い阿志雄は滅多に社員食堂で食事が出来ない。
「何か悩みがあるみたいなんですが、私は教えてもらえなくて。鍬沢くんからうまく聞き出してくれませんか?」
「穂堂さんがそう言うなら……」
会社の駐車場に車を止め、シートベルトの留め具を外す穂堂の手の上に自分の手を重ね、阿志雄は目を細めて笑った。
「後で連絡しますね」
「はい。でも仕事優先で」
営業部と総務部はフロアが違う。エレベーターを使う阿志雄と階段で向かう穂堂はエントランスを抜けた先は別ルートだ。途中まで並んで歩き、軽く手を振って別れる。
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