99 / 142
最終章 嵐のあとで
98話・プレゼンテーション
しおりを挟む『話があります。今夜八時、リビングに集合してください』
仕事中に届いた穂堂からのメールを見て、阿志雄は悲鳴をあげてガタッと椅子から立ち上がった。同僚たちから怪訝な目を向けられ、何もなかった風を装って座り直す。
一緒に暮らしているのだから、わざわざ日時を指定をする必要などない。よほど仕事が立て込んでいない限り、その時間帯より前には帰宅しているからだ。
口頭で言われたのなら相手の表情から意図が読めるが、メールの文面からでは真意が掴めない。何より、一切用件が記載されておらず、軽い話なのか重い話なのかすら分からない。
(えっ何これ。別れ話???)
一緒に暮らしてみたけど合わなかったとか、やっぱり男は嫌だとか、理由は幾らでも考えられる。
穂堂は真面目な性格だ。
これ以上は無理だと判断すれば関係を曖昧なままにはしない。早めに清算したほうがお互いのためになると考えたのかもしれない。
彼が佐々原に対して終始優柔不断だったのは、彼女を紹介したのが奏だからだ。大恩ある翁崎家の人間が絡むと穂堂は途端に逆らえなくなってしまう。故に自分から断ることが出来なかった。
しかし、阿志雄に対しては違う。
同じ会社に勤めているという共通点だけで、関係には何のしがらみもない。例え交際を破棄するとしても、お互いが納得していれば問題ない。
悪い考えばかりが頭を過ぎる。落ち着いて仕事が出来るような精神状態ではない。額には脂汗が浮かび、気を抜けば涙が出てしまいそうになる。
「部長、オレちょっと体調悪いんで早退します」
「お、おう。そりゃ構わんが……」
見るからに顔色が悪い阿志雄に、部長の司田辺はすぐさま早退を許可した。鞄を抱えてヨロヨロと出て行く後ろ姿に、営業部の面々は思わず顔を見合わせる。サボりかと茶々を入れようとした先輩社員も、この世の終わりみたいな面持ちの阿志雄には何も言えなかった。
早退した阿志雄はマンションには帰らず、タクシーでとある場所へと向かった。
午後八時少し前。
阿志雄がマンションに帰ると、穂堂はリビングの床に正座して待機していた。服装はスーツ。側には仕事用の鞄が置いてある。
帰宅したばかりの阿志雄もスーツ姿だ。妙な緊張感に包まれたまま、なんとなく穂堂の向かいの床に腰を下ろし、きっちり正座をする。
雰囲気から見て軽い話ではないことは確か。
阿志雄の胃がキリキリと痛む。
「夕食は食べましたか」
「……や、ちょっと食欲なくて」
「そうですか。私もです」
え、と思って顔を上げれば、目の前に座る穂堂の顔色も悪かった。同棲し始めてから、こんなに沈んだ表情の彼を見たのは初めてで、阿志雄は膝の上に置いた拳にぎゅっと力を込めた。
(やっぱ別れ話か……)
自分から一緒に住もうと言った手前、申し訳なく思っているのだろう。それでもこうして話し合いの場を設けてくれる穂堂は誠実だ。
阿志雄には今の関係を終わらせるつもりはない。
相手に少しでも話をする気があるのなら、説得し、利点を提示し、結論をひっくり返す。
営業ナンバーワンの手腕をここで使わずにいつ使うというのか。
「阿志雄くん、私は……」
「待ってください。オレから先に話します!」
「えっ」
穂堂の言葉を遮り、阿志雄は鞄からノートパソコンを取り出した。慣れた手付きで起動し、画面を穂堂に向ける。
「この度は貴重なお時間をいただきありがとうございます。本日は『阿志雄 真司』を売り込みに参りました!」
ノートパソコンの画面に映し出されているのは、いわゆるプレゼン資料。ただ普通と違うのは、紹介されているのが自社製品ではなく阿志雄自身という点。
予想外の展開に、穂堂はぽかんと口を開けたまま何も言えなくなった。
0
《 最新作!大学生同士のえっちな純愛 》
お付き合いはお試しセックスの後で。
《 騎士団長と貴族の少年の恋 》
侯爵家令息のハーレムなのに男しかいないのはおかしい
《 親友同士の依存から始まる関係 》
君を繋ぎとめるためのただひとつの方法
《 異世界最強魔法使い総受 》
魔王を倒して元の世界に帰還した勇者パーティーの魔法使い♂が持て余した魔力を消費するために仲間の僧侶♂を頼ったら酷い目に遭っちゃった話
《 ダンジョン探索で深まる関係 》
凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる