【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

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最終章 嵐のあとで

98話・プレゼンテーション

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『話があります。今夜八時、リビングに集合してください』

 仕事中に届いた穂堂ほどうからのメールを見て、阿志雄あしおは悲鳴をあげてガタッと椅子から立ち上がった。同僚たちから怪訝な目を向けられ、何もなかった風を装って座り直す。

 一緒に暮らしているのだから、わざわざ日時を指定をする必要などない。よほど仕事が立て込んでいない限り、その時間帯より前には帰宅しているからだ。
 口頭で言われたのなら相手の表情から意図が読めるが、メールの文面からでは真意が掴めない。何より、一切用件が記載されておらず、軽い話なのか重い話なのかすら分からない。

(えっ何これ。別れ話???)

 一緒に暮らしてみたけど合わなかったとか、やっぱり男は嫌だとか、理由は幾らでも考えられる。

 穂堂は真面目な性格だ。
 これ以上は無理だと判断すれば関係を曖昧なままにはしない。早めに清算したほうがお互いのためになると考えたのかもしれない。

 彼が佐々原ささはらに対して終始優柔不断だったのは、彼女を紹介したのがかなでだからだ。大恩ある翁崎おうさき家の人間が絡むと穂堂は途端に逆らえなくなってしまう。故に自分から断ることが出来なかった。

 しかし、阿志雄に対しては違う。

 同じ会社に勤めているという共通点だけで、関係には何のしがらみもない。例え交際を破棄するとしても、お互いが納得していれば問題ない。

 悪い考えばかりが頭をぎる。落ち着いて仕事が出来るような精神状態ではない。額には脂汗が浮かび、気を抜けば涙が出てしまいそうになる。

「部長、オレちょっと体調悪いんで早退します」
「お、おう。そりゃ構わんが……」

 見るからに顔色が悪い阿志雄に、部長の司田辺したべはすぐさま早退を許可した。鞄を抱えてヨロヨロと出て行く後ろ姿に、営業部の面々は思わず顔を見合わせる。サボりかと茶々を入れようとした先輩社員も、この世の終わりみたいな面持ちの阿志雄には何も言えなかった。

 早退した阿志雄はマンションには帰らず、タクシーでとある場所へと向かった。






 午後八時少し前。

 阿志雄がマンションに帰ると、穂堂はリビングの床に正座して待機していた。服装はスーツ。側には仕事用の鞄が置いてある。
 帰宅したばかりの阿志雄もスーツ姿だ。妙な緊張感に包まれたまま、なんとなく穂堂の向かいの床に腰を下ろし、きっちり正座をする。

 雰囲気から見て軽い話ではないことは確か。
 阿志雄の胃がキリキリと痛む。

「夕食は食べましたか」
「……や、ちょっと食欲なくて」
「そうですか。私もです」

 え、と思って顔を上げれば、目の前に座る穂堂の顔色も悪かった。同棲し始めてから、こんなに沈んだ表情の彼を見たのは初めてで、阿志雄は膝の上に置いた拳にぎゅっと力を込めた。

(やっぱ別れ話か……)

 自分から一緒に住もうと言った手前、申し訳なく思っているのだろう。それでもこうして話し合いの場を設けてくれる穂堂は誠実だ。

 阿志雄には今の関係を終わらせるつもりはない。
 相手に少しでも話をする気があるのなら、説得し、利点メリットを提示し、結論をひっくり返す。
 営業ナンバーワンの手腕をここで使わずにいつ使うというのか。

「阿志雄くん、私は……」
「待ってください。オレから先に話します!」
「えっ」

 穂堂の言葉を遮り、阿志雄は鞄からノートパソコンを取り出した。慣れた手付きで起動し、画面を穂堂に向ける。

「この度は貴重なお時間をいただきありがとうございます。本日は『阿志雄 真司あしお しんじ』を売り込みに参りました!」

 ノートパソコンの画面に映し出されているのは、いわゆるプレゼン資料。ただ普通と違うのは、紹介されているのが自社製品ではなく阿志雄自身という点。

 予想外の展開に、穂堂はぽかんと口を開けたまま何も言えなくなった。
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