【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

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最終章 嵐のあとで

96話・焦り

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とおるぅ~~っ!!」

 出勤後。いつものように社長室に顔を出しに行くと、社長のまなぶが半泣きで抱き着いてきた。

「学さん、どうしたんですか」
「さっき叔父さんから電話で『弟の会社は随分調子が良さそうだが、おまえんとこはパッとしないなぁ』って言われたぁあ!!」

 学の叔父は先代社長の弟で、現在系列会社で役員を務めている。長子相続が基本の翁崎おうさき家に於いて不遇な立場に置かれていたからか、事あるごとに甥の学に嫌味を言ってくる。年配の親族を無視することも出来ず、顔を合わせたり連絡が来る度に学は神経を擦り減らしていた。

 涙目で嗚咽をこぼす学を抱き締めながら、穂堂ほどうはいつものように彼を慰める。

つむぐさんの新会社で働いている方々は元は東京支社の社員ばかりです。つまり、あちらの評判はケルストの社員の質の高さから来るものです」
「……そうだろうか」
「そうですとも。会社再編でゴタゴタしたにも関わらず、本社の業績は安定しています。これは学さんを始め、社員の皆さんが日々努力しているからですよ。どうか叔父様の言葉は気になさらず、胸を張ってください」
「うん、分かった。次は適当に流すよ」

 学が親族や仕事関連の弱音を言える相手は穂堂だけ。先代社長が妻ではなく穂堂の母親に縋っていたように、学も穂堂に弱さを吐露して励ましてもらっている。これが毎朝の日課だ。
 胸のつかえが取れた学は気を取り直して経営者の顔に戻る。そして今度は穂堂の話を聞く側に回った。

「ふたりでの生活は慣れたか?」
「ええ、順調です」
「ほう。よほど相性がいいのかな」
「そのようです」

 学がそれとなく尋ねると、穂堂は嬉しそうにはにかんで答えた。

「だが、油断はいかんぞ。他人が一緒に生活する以上、ひとつも不満がないなんて有り得んからな。現に、母さんも嫁いできた当初は父さんとかなりやり合ったらしい」
「えっ、奥様がですか?」

 穂堂の印象では、先代社長の妻は夫に付き従う慎ましやかな女性だ。そんな彼女が不平不満を言う姿など想像も出来ず、穂堂は驚いた。

「それだけ他人と暮らすのは大変だということだ。万事が今まで通りとはいかないんだから何も思わないほうがおかしい」

 両親の話を知っていたから、学は妻が嫁いできた時は不満は何でもすぐ言うように求めた。お陰で現在も良い関係を保てている。

「はあ……そういうものですか」
「徹はストレス感じてないのか」
「ありません。毎日楽しいです」

 阿志雄あしおとの暮らしはトラブルもなく平穏そのもの。自炊や寝る場所など一人暮らしの時とは変わったが、全て良い変化である。

「徹はそうかもしれんが、阿志雄くんは住む場所が変わったんだ。何か不便があるんじゃないか?」
「……うーん……」

 一緒に暮らしていて揉めたことなど一度もない。阿志雄はいつも笑顔で何でも受け入れてくれる。だから、彼も自分と同じようにストレスなく過ごしているものだと穂堂は思い込んでいた。

「彼は聡い。他人が望むことをよく分かっている。だからこそ若くして営業部のトップになれたのだろう」

 阿志雄は誰とでもすぐ親しくなれる。相手が求めることを察し、そのように振る舞うからだ。仕事だけでなくプライベートも。

 ピンと来ていない様子の穂堂に、学は小さく息をついた。穂堂は優秀だが、これまで他人と深く関わることを意識的に避けてきたこともあり、感情の機微に疎いところがある。

「……おまえにこうして触れることも控えないと、と私は思っているんだよ」

 学が手を伸ばして頭を撫でると、穂堂は目を細めてされるがままになっている。

 家族の愛情に飢えている穂堂。
 弱さを晒して支えられたい学。

 兄弟でも親子でも恋人同士でもない。上司と部下というには近過ぎる、他人には説明しづらい関係。やましいことは何ひとつないが、距離が近過ぎるのは確か。
 学はこの関係を見直さなくてはと思い始めていた。

「何故ですか」
「何故って、阿志雄くんに悪いだろう?」
「彼は気にしないと言っていました」

 交際の挨拶をした際、阿志雄は穂堂と学のことを黙認すると言った。『社長は穂堂さんの家族だから、家族を支えるのは当然だ』と。穂堂はその言葉を額面通り受け取っている。

「そう言わなければ徹と一緒に居られないと思ったからじゃないか?現にあの時、私は社長の座から降りようとしていた。おまえという支えがなくては続けられなかったからな」
「……」
「いま本社が在るのは阿志雄くんの後押しのおかげだよ。つまり、私は徹だけでなく彼にも支えてもらっているわけだ」
「そう、ですね」

 本来ならば、学は紡に社長の座を明け渡し、本社は営業所に格下げになる予定だった。営業部が無くなり、阿志雄もまた転勤になるはずだった。

 穂堂が本社の存続を望み、共に在ることを望んだから、阿志雄は様々な手段を講じて願いを叶えた。

「阿志雄くんを差し置いて、私ばかりがおまえに甘えるわけにはいかないよ」

 今後も愚痴は聞いてもらうけどな、と笑う学につられて穂堂も笑う。笑顔の下で、じわじわと焦る気持ちが湧き出していた。
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