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第7章 未来を切り拓く選択

76話・全てを肯定してくれる人

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 穂堂ほどうの願いに自分が含まれていることに、阿志雄あしおは喜びを感じていた。握っていた手を引き、穂堂の身体を抱き寄せる。ぎゅう、と背中に回した腕に力を込め、その肩口に顔を埋めた。

「……やっと言ってくれた……」

 溜め息混じりに呟くと、穂堂が身動みじろぎした。突然抱き締められて困惑しているのか、どうすればいいのか分からず、されるがままに腕の中に収まっている。

「あの、阿志雄くん」
「はい?」

 しばらくしてから、穂堂が声を掛けた。
 抱き締められたままの状態で、互いの顔は見えない。

「私はケルストが、本社が一番大事なんです。きっと君より優先してしまう。それでもいいんですか」

 穂堂の母親は仕事と会社を愛し、出産を機に退職した後も先代社長を精神的に支え続けた。家庭よりケルストを優先されたと感じた夫は嫉妬に狂って病み、息子を愛せなくなった。
 そして、穂堂もまた同じ道を辿ろうとしている。辛い思いをさせるくらいなら、最初から独りでいたほうがいい。恋人を作らず、家庭を持つことを諦めたのは、自分のような存在を作りたくなかったからだ。

「そういう穂堂さんに惚れたんです。本社はもう穂堂さんの一部みたいなもんでしょ?」
「阿志雄くん……」

 穂堂は阿志雄の背中に手を伸ばし、そっと抱き締め返した。
 全てを肯定してくれる存在が居ることがこんなにも嬉しいとは思わなかった。先代社長たちが母親や自分に縋っていた気持ちが少しだけ理解出来た気がして、穂堂はふ、と口元を緩めた。

「私は、君のことが好きなんだと思います」
「ホントですか!?」
「ええ、君がいなくなるかもと思ったら胸が苦しくて。……きっと君と同じ気持ちではないかと」

 バッと身体を離し、間近で見つめ合う。
 あまり表情の変化がない穂堂だが、今は僅かに微笑んでいる。気を許してもらえているのだと分かり、阿志雄は目に涙を浮かべた。

「やばい、嬉しい……」

 再び抱き締められ、耳元で呟かれた阿志雄の言葉を聞いて、穂堂の心がじわじわとあたたかくなった。自分でも誰かを喜ばせることが出来たのだと実感がわいてくる。

「でも、本社から営業部がなくなったら……」
「オレは穂堂さんと一緒にいられるなら別の部署に移ってもいい」
「それは駄目です!君は営業部になくてはならない人材です。第一、周りが許さないでしょう」

 東京支社長は伊賀里いがりを通じて阿志雄を戻そうとしている。営業ナンバーワンがこれまでの功績を捨てて畑違いの部署に異動するなど、まず認められないだろう。

「最悪、穂堂さんとふたりでケルスト辞めてどっか行こうかなとか考えてたんですよ」
「なんでまた……」
九里峯くりみねが、穂堂さんとオレをセットで引き抜くみたいな話を持ち掛けてきたんで。九里峯リサーチに転職したら鍬沢くわざわに半殺しにされるんで論外だけど、全然違う会社に行くっていう選択肢も有りだなーと思って」

 何もかも捨てて、ふたりで新天地へ。
 思いもよらぬ言葉に、穂堂はただただ茫然とするばかり。阿志雄は穂堂と共に居られることを最優先としている。そこまでされても何も返せないというのに。

「穂堂さんが本社の存続を願うのは分かってました。今後はそれを叶えるために動きますね」
「どうやって」

 ふたりとも平社員で会社の運営に口を出せる立場ではない。

「権限のある人に味方になってもらいます」
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