【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

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第7章 未来を切り拓く選択

72話・葛藤

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 阿志雄あしお九里峯くりみねと対峙している頃、翁崎おうさき家の屋敷では経営者兄妹による話し合いが行われていた。
 昼間、会社で東京支社長のつむぐが話した『本社のイチ営業所化』『東京支社の本社化』の件だ。当然すんなり認められるはずもなく、特に大阪支社長のかなでは猛反対している。

「本社あっての支社でしょ?ケルストはここで創業して大きくなったんだから!」
「それがどうした。新規顧客の大半は関東近郊に集中している」
「数字だけ見ないでよ。別に本社も大阪支社も業績は悪くないでしょ。それに、この辺りには昔ながらのお客さんも多いし」
「おまえも経営者の端くれなら将来さきを見ろ。俺は今後のケルストを考えて話をしているんだ。感情論は要らん」

 三人は翁崎家の広いリビングでソファーに腰を掛け、向かい合って話をしている。紡と奏が派手に言い争う中、間に挟まれたまなぶは沈黙を守っていた。会社での話し合いの時と同様、弟妹の意見は平行線で歩み寄る気配がない。紡は数字を示し、奏は義理と情を重んじる。どちらの主張も正しく、間違ってはいない。

「学兄さんもなんとか言ってやってよ!」

 ついに奏が学に意見を求めた。
 株式会社ケルストのトップは本社社長の学だ。重役や支社長たちの意見を聞き、最終的な判断を下す立場にある。今は非公式の場とはいえ何か意思表示をすれば、それは本社社長としての言葉となる。

「……済まんが、まだ何も言える状況ではない」

 明言を避け、学はそれ以上口を開こうとはしなかった。
 ハッキリしない兄の態度に呆れ、奏は「ちょっと息抜きしてくるわ」と言い残して部屋から出て行った。奏の足音が聞こえなくなってから、紡は学に向き直り、先ほどより声を抑えて話を再開した。

「いい加減、とおるに頼るのをやめないか。いつまで翁崎家に縛るつもりだ」
「……だが、しかし」
「徹の支え無しで上に立てないと言うのなら俺が代わろう。長男だからと全部背負わなくてもいい。もう父さんはいないんだから」

 学はハッと顔を上げた。気遣わしげな表情をした紡が真っ直ぐ兄を見つめている。

「徹を解放してやれ。本社がある限り、あいつはずっとケルストに尽くす。かおるさんみたいに家族を犠牲にさせる気か」

 穂堂 徹ほどう とおるの母親、薫は夫からの理解を得られなかった。だからだろうか。穂堂は三十路近い年齢になっても恋人を作らない。家庭を持つつもりがないのだ。このままでは誰かと寄り添うこともなく、ただケルストのために働くだけで終わってしまう。

 手放せるものならばとっくにやっている。
 学は己の弱さを支えてもらうことで跡継ぎの重責に耐えてきた。先代社長である父が亡くなり、社長に就任してから二年。この先も社長で在り続けるのならば支え無しでは考えられない。

 だが、社長の座から降りるのならば──

「……少し考えさせてくれ」
「前向きな返事を期待しているよ、兄さん」





 屋敷の離れでは、穂堂と佐々原ささはらが向かい合ってお茶を飲んでいた。ここは穂堂が翁崎家で暮らしていた時に与えられていた部屋で、屋敷を出た今もそのまま維持されている。

「穂堂さんて難しい本読むんですね~」
「全て先代社長の蔵書です」
「へえ~……」
「……」

 作り付けの本棚には分厚い専門書の類がずらりと並べられている。佐々原が声を掛けても話題が広がることはなく、再び沈黙が訪れた。
 会社にいる時は業務関連の話ばかりで気付かなかったが、穂堂は聞かれたことに答えるだけで自発的に喋らない。プライベートではすぐに会話が途切れ、佐々原は時間を持て余すこととなった。

 そこへ奏がやってきた。

「やっほー、あいちゃん。盛り上がってるー?」
「奏さんっ!」

 奏が顔を出した途端、佐々原が笑顔で飛びついた。

「もう大事なお話は終わりました?」
「全っ然!ずーっと平行線だから抜けてきたわ。それよりどお?少しは仲良くなれたかしら」

 穂堂と佐々原をふたりきりにしたのは奏の差し金だ。同じ部署にいるが、それぞれ受け持つ仕事がある以上ほとんど共には過ごせない。職場ではイチャイチャ出来ないだろうと考えての配慮だが、完全に裏目に出ている。

「アタシ、奏さんのお部屋に行きたいです!」
「ええ~?折角だから徹くんともっとお話したらいいのに」
「もう十分話しましたから!ねっ穂堂さん!」
「……ええ、そうですね」

 佐々原の圧に負けて頷くと、奏は苦笑いを浮かべた。どうやらうまくいっていないのがバレたようである。

「仕方ないわねえ。徹くんも来る?」
「いえ、そろそろ帰ります」
「そぉ?じゃあ、またね」
「はい、失礼いたします」

 離れから本宅に移動するふたりを見送った後、穂堂は翁崎家を後にした。
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