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第7章 未来を切り拓く選択
68話・地酒と軟骨入り鶏つくね
しおりを挟む夜の街を走り抜けていくタクシー。その後部座席では、九里峯が市場調査について滔々と語っている。社交辞令で阿志雄が尋ねたのだが、おかげで目的地に到着するまでの間、無言で気まずくなることはなかった。
「ここに来てみたかったんですよ。こちらの地方にしかないチェーン店みたいで」
九里峯が指定したのは駅前通りにある居酒屋だった。店の前に立った時に阿志雄は思わず顔を引き攣らせた。この店には来たことがある。
食事時とはいえ平日の夜。店はそこまで混んでおらず、予約なしでも個室に入ることが出来た。
「地鶏とか地酒とか好きなんですよね」
「東京にもありそうですけど」
「産地で食べるからいいんじゃないですか」
テーブルを挟んで座り、メニュー表を見る。
素面では間が持たないと判断した阿志雄は酒の力に頼ることにした。幾つか単品料理と、九里峯は地酒、阿志雄はビールを注文する。
居酒屋の店内はガヤガヤと騒がしい。客が来店する度に店員の威勢の良い挨拶が響く。酒に酔った客同士が大きな声で騒ぐのを個室の仕切り越しに聞きながら、阿志雄は小さく息をついた。
賑やかな雰囲気が沈黙を掻き消してくれるが、いつまでもだんまりという訳にはいかない。まだ確定してはいないが、九里峯は仕事上のパートナーとなる。微塵も気は進まないが、良好な関係を築いておく必要がある。
「九里峯さん、お酒強いんですか。さっき頼んでた地酒、結構度数高めですよね」
「強いほうだと思いますよ。でも、洋酒は苦手で。悪酔いしてしまうので避けてます」
「へぇ、意外ですね。バーでカクテル飲んでるほうが似合いそうなのに」
「はは、そう見えます?」
どんな人間も好きなものについては饒舌になるものだ。酒に焦点を当てて話題を振れば、それなりに会話は盛り上がる。時間をやり過ごすだけならばそれで済む。
しかし、阿志雄の腹の中ではまだ九里峯に対する疑念が渦巻いていた。
「ここらでは『街コン』とかいう催しがあるらしいですね。そういった場では日本酒なんて出ないんじゃないですか?」
笑顔でそう切り出すが、九里峯は顔色ひとつ変えない。『街コン』は九里峯が片桐と出会ったイベントだ。恐らく彼は片桐に近付くためだけに参加している。
「お酒が飲めない参加者もいますし、苦手なら飲まなくてもいいと思いますよ。阿志雄さん、そういう催しに興味あるんですか?」
「いえ。駅前にポスターが貼ってあるのを見掛けたんで気になっただけです」
軽く躱された上に話の矛先が向けられる。
感情を隠すのが巧いのか、それとも利用済みの女のことなどすっかり忘れてしまったのか。
話をしている間に注文の品が届いた。
地鶏の焼き鳥盛り合わせと枝豆、地酒とビール。
九里峯が頼んだ地酒はガラス製の酒器に入れられており、自分で小さなお猪口に注ぐようになっている。冷や(常温)のため、酒器は汗をかいていない。
阿志雄は地ビールを頼んだ。よく冷やされた瓶からグラスに注ぐと淡い琥珀色のビールがシュワシュワと音を立て、白い泡が縁から溢れそうになる。
それぞれグラスを持ち、軽く掲げて乾杯する。ひと口飲んでから、深く息を吐き出す。気に食わない相手が一緒でも、仕事終わりのビールは変わらず美味い。阿志雄は少しだけ張っていた気を緩めた。
「早速いただきますか」
阿志雄が枝豆を食べている間に、九里峯はまず焼き鳥の串を手に取った。焼き鳥の盛り合わせは大皿にモモ、胸肉、砂肝、ぼんじり、せせり、鶏皮などが二本ずつ乗せられている。
炭火で表面が軽く焦げるくらいまで焼かれた鶏肉は香ばしく、旨味が内に閉じ込められている。串にかぶりつけば、ザクッと小気味良い音と歯触りが食欲をそそる。熱々をそのまま味わい、酒で流し込む。阿志雄もつられて串に手を伸ばして齧り付く。程良い塩加減と焼き目が地鶏の味を引き出しており、つい夢中になって食べてしまう。
別皿に盛られているのは鶏つくねだ。太めの竹串に軟骨入りのつくねが巻き付けられて焼かれている。添えられた卵黄を絡めて食べると、コリコリとした軟骨の歯応えと甘辛いタレ、濃厚な卵黄の旨味が一度に味わえる。
「こうしていると仲の良い同僚のようですね」
美味いものを食べてひと心地ついたところで、九里峯が地酒のグラスを傾けながらクツクツと笑う。その言葉に、阿志雄は思わず作り笑いを消した。
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