【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

文字の大きさ
上 下
68 / 142
第7章 未来を切り拓く選択

67話・再接触

しおりを挟む


 その日の仕事をどう終えたのか、阿志雄あしおはほとんど覚えていなかった。予定通り社外に打ち合わせに出て、笑顔で取り引き先とやり取りをして、夕方に帰社する。帰り支度を始めた頃にようやく気持ちの整理がついた。
 しかし、穂堂ほどうの顔が見たい一心で電話で夕食に誘うが、あっさりと断られてしまう。

『すみません阿志雄くん。今夜は社長のお宅に呼ばれておりまして』

 社長の弟妹である東京支社長と大阪支社長が地元に帰ってきているのだ。久々に翁崎おうさき家の屋敷に集まるのだろう。身内同然の穂堂が招かれるのは予想の範囲内だ。

「そうですか。じゃあ、また今度」
『ええ、また今度』

 耳元で聞こえる声に目を閉じ、落胆を悟られないように明るく返事をすれば、穂堂も『次の機会』を否定せずに返してくる。たったそれだけで今日の沈んだ気持ちが浮上してしまい、阿志雄は自分の単純さに思わず笑ってしまった。

 通話を終え、会社から出る。
 既に日は落ちており、辺りは薄暗い。バス停までの歩道は等間隔に設置された街灯に照らされている。他の社員たちに紛れて歩きながら、阿志雄は再び今日の昼間のことを頭の中で反芻していた。

 憧れの先輩、伊賀里いがりとの再会。
 東京支社長に頭を下げる穂堂。
 九里峯くりみねリサーチとの業務提携。
 本社を営業所にする案。
 そして、東京支社への誘い。

 一度に色々聞き過ぎた。
 しばらくこちらに滞在するという伊賀里の言葉に、嬉しさよりも不安が募る。営業部の先輩社員たちを東京支社に引き抜こうと言うのだ。今日はその話をするために皆で飲み会をするという。ひと足先に聞いた阿志雄は平常心で居られる自信が持てず、参加を辞退した。

 本社の営業所化はすぐにどうこうするという話ではない。今年度中に根回しを済ませ、来年度にむけて正式に発表出来る様に準備を進めている段階だ。つまり、まだ白紙に戻す余地がある。
 ただ、阿志雄には会社の運営方針に口を出すような権限はない。経営者一族である翁崎家に近しい穂堂にも。トップの判断に従うほかないのだ。

 最寄りのバス停で降り、自宅へと向かう。
 大通りから住宅街に向かって歩く阿志雄のすぐ横でクラクションが鳴らされた。視線を向けると、一台のタクシーがハザードランプを点滅させて止まっている。怪訝に思っていると、後部座席の窓が開き、ひとりの青年が笑顔で手を振ってきた。

「やあ、奇遇ですね阿志雄さん」
「…………くっ、九里峯、さん」

 タクシーから声を掛けてきたのは九里峯だった。

「東京に帰ったんじゃ」
「この辺りの市場調査をしてたんですよ。そろそろ帰ろうとしたら、偶然阿志雄さんをお見掛けしたので」
「そ、そうでしたか」

 伊賀里がそんなようなことを言っていたなと思い出しながら、阿志雄は苦笑いを浮かべた。
 正直、九里峯と話をしたくない。そもそも、顔を合わせたのは今日が初めてである。業務提携の簡単な説明を聞いただけ。
 適当に話を切り上げようとしたが、九里峯は更に踏み込んできた。

「良かったら夕食をご一緒しませんか。まだ阿志雄さんと話し足りなくて」
「えっ……あ、いや」

 食事に誘われ、阿志雄は返答に困った。行きたくはないが、断れば角が立つ。タクシーを路肩に止めて話をしているのだ。このままダラダラと話し続けることは出来ない。

「なかなか良い街ですねぇ、この辺りは」

 軽い世間話にしか聞こえないひと言だが、阿志雄は顔を強張らせた。
 偶然通り掛かったように見せ掛けて、九里峯は最初から阿志雄が来るのを待ち構えていた。阿志雄のアパートの位置や通勤ルートは既に調べられている。そして、今夜の飲み会に不参加なことも、他に予定がないことも。

「……是非ご一緒させてください」

 辛うじて笑顔を取り繕いながら、阿志雄は誘いに応じた。タクシーに乗り込み、隣に座ると、九里峯は満足そうな笑みを浮かべた。
しおりを挟む
▼▽▼ みやこ嬢のBL作品はこちら ▼▽▼

《 最新作!大学生同士のえっちな純愛 》
お付き合いはお試しセックスの後で。

《 騎士団長と貴族の少年の恋 》
侯爵家令息のハーレムなのに男しかいないのはおかしい

《 親友同士の依存から始まる関係 》
君を繋ぎとめるためのただひとつの方法

《 異世界最強魔法使い総受 》
魔王を倒して元の世界に帰還した勇者パーティーの魔法使い♂が持て余した魔力を消費するために仲間の僧侶♂を頼ったら酷い目に遭っちゃった話

《 ダンジョン探索で深まる関係 》
凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕
感想 10

あなたにおすすめの小説

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

泡沫でも

カミヤルイ
BL
BL小説サイト「BLove」さんのYouTube公式サイト「BLoveチャンネル」にて朗読動画配信中。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...