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第7章 未来を切り拓く選択
67話・再接触
しおりを挟むその日の仕事をどう終えたのか、阿志雄はほとんど覚えていなかった。予定通り社外に打ち合わせに出て、笑顔で取り引き先とやり取りをして、夕方に帰社する。帰り支度を始めた頃にようやく気持ちの整理がついた。
しかし、穂堂の顔が見たい一心で電話で夕食に誘うが、あっさりと断られてしまう。
『すみません阿志雄くん。今夜は社長のお宅に呼ばれておりまして』
社長の弟妹である東京支社長と大阪支社長が地元に帰ってきているのだ。久々に翁崎家の屋敷に集まるのだろう。身内同然の穂堂が招かれるのは予想の範囲内だ。
「そうですか。じゃあ、また今度」
『ええ、また今度』
耳元で聞こえる声に目を閉じ、落胆を悟られないように明るく返事をすれば、穂堂も『次の機会』を否定せずに返してくる。たったそれだけで今日の沈んだ気持ちが浮上してしまい、阿志雄は自分の単純さに思わず笑ってしまった。
通話を終え、会社から出る。
既に日は落ちており、辺りは薄暗い。バス停までの歩道は等間隔に設置された街灯に照らされている。他の社員たちに紛れて歩きながら、阿志雄は再び今日の昼間のことを頭の中で反芻していた。
憧れの先輩、伊賀里との再会。
東京支社長に頭を下げる穂堂。
九里峯リサーチとの業務提携。
本社を営業所にする案。
そして、東京支社への誘い。
一度に色々聞き過ぎた。
しばらくこちらに滞在するという伊賀里の言葉に、嬉しさよりも不安が募る。営業部の先輩社員たちを東京支社に引き抜こうと言うのだ。今日はその話をするために皆で飲み会をするという。ひと足先に聞いた阿志雄は平常心で居られる自信が持てず、参加を辞退した。
本社の営業所化はすぐにどうこうするという話ではない。今年度中に根回しを済ませ、来年度にむけて正式に発表出来る様に準備を進めている段階だ。つまり、まだ白紙に戻す余地がある。
ただ、阿志雄には会社の運営方針に口を出すような権限はない。経営者一族である翁崎家に近しい穂堂にも。トップの判断に従うほかないのだ。
最寄りのバス停で降り、自宅へと向かう。
大通りから住宅街に向かって歩く阿志雄のすぐ横でクラクションが鳴らされた。視線を向けると、一台のタクシーがハザードランプを点滅させて止まっている。怪訝に思っていると、後部座席の窓が開き、ひとりの青年が笑顔で手を振ってきた。
「やあ、奇遇ですね阿志雄さん」
「…………くっ、九里峯、さん」
タクシーから声を掛けてきたのは九里峯だった。
「東京に帰ったんじゃ」
「この辺りの市場調査をしてたんですよ。そろそろ帰ろうとしたら、偶然阿志雄さんをお見掛けしたので」
「そ、そうでしたか」
伊賀里がそんなようなことを言っていたなと思い出しながら、阿志雄は苦笑いを浮かべた。
正直、九里峯と話をしたくない。そもそも、顔を合わせたのは今日が初めてである。業務提携の簡単な説明を聞いただけ。
適当に話を切り上げようとしたが、九里峯は更に踏み込んできた。
「良かったら夕食をご一緒しませんか。まだ阿志雄さんと話し足りなくて」
「えっ……あ、いや」
食事に誘われ、阿志雄は返答に困った。行きたくはないが、断れば角が立つ。タクシーを路肩に止めて話をしているのだ。このままダラダラと話し続けることは出来ない。
「なかなか良い街ですねぇ、この辺りは」
軽い世間話にしか聞こえないひと言だが、阿志雄は顔を強張らせた。
偶然通り掛かったように見せ掛けて、九里峯は最初から阿志雄が来るのを待ち構えていた。阿志雄のアパートの位置や通勤ルートは既に調べられている。そして、今夜の飲み会に不参加なことも、他に予定がないことも。
「……是非ご一緒させてください」
辛うじて笑顔を取り繕いながら、阿志雄は誘いに応じた。タクシーに乗り込み、隣に座ると、九里峯は満足そうな笑みを浮かべた。
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