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第6章 現在に繋がる過去
66話・惑いと迷い
しおりを挟む翁崎 征が亡くなった後、予定通り長男の学が跡を継ぎ、株式会社ケルストの社長に就任した。
入社以来ずっと補佐として仕事に携わり、父親の征が倒れて入院してからは全て代わりを務めてきた。業務には何の支障もない。肩書きが正式に『社長』になっただけ。
それなのに、学は狼狽えた。
もう『父親の代理』ではない。自分で考え、采配をして社員たちをまとめ、導いていかねばならない。責任が学の肩に重く伸し掛かる。
妻や子には弱い姿を見せられない。
もちろん部下たちにも。
経営者の重圧に耐えられるほど学は強くない。人の上に立つような立派な器ではないと自分が一番よく知っている。征と学はひと目で親子と分かるほどに似ているが、それは外見だけでなく内面にも言えること。だから『精神的な支柱』を必要とした。
「徹、私に父さんの代わりが務まるだろうか」
「今までも立派にやってきたじゃありませんか」
「あと十年は補佐でいられると思っていたのに、まさか、こんなに早く」
「……そうですね。先代が亡くなるには早過ぎました。でも、学さんは経験も実績もありますから。今まで通りで大丈夫ですよ」
かつて先代社長、翁崎 征がそうしていたように、現社長の翁崎 学も穂堂 徹に弱い部分を晒し、全てを肯定してもらった。
仕事前に精神的な安定を得るため『毎朝仕事の報告をしに来るように』と指示を出した。単なる口実にも関わらず、徹は必ず朝一番に社長室を訪れて律儀に報告をしていく。社内の小さな情報にも詳しくなり、そのおかげで社員たちとの距離が近くなった。
漠然と弱音をこぼすだけではなく、具体的な相談をすることもある。そんな時でも、徹は一緒に考え、悩み、より良い選択が出来るように寄り添った。
重役や秘書よりも、そして血の繋がった家族よりも近くて頼りになる存在。
いつしか学は徹を失うことを恐れ始めた。
彼の支えが無くては社長の重責に耐えられないというのに、徹を縛る手段がない。彼の『翁崎家への恩』に縋っているだけ。それがいつまで続くのか何の保障もないのだ。ある日突然『さようなら』と立ち去られても不思議ではない。
せめて働きに見合う地位や報酬を、と申し出たが辞退された。入社以来、徹はずっと昇格を断り続けている。『恩返しのために働いているのだから必要ない』と言われてしまえば無理強いは出来ない。逆に言えば『恩返しが終わったらすぐに辞められる』状態とも言える。
「いつまでも独り身だからだわ。徹だってもう良い歳なんだもの。付き合ってる相手とかいないの?」
仕事の合間に徹の話題になった時、妹の奏からそう尋ねられ、学は首を傾げた。ほぼ毎日のように顔を合わせているというのに、浮いた話ひとつ聞いたことがなかったからだ。
考えてみれば、徹からプライベートの話を聞いたことがない。いつも自分の悩みや相談ばかりで、逆にあちらから相談を受けたことすらない。
住む場所は、征が残した学名義のマンションがある。家賃が掛からないので平社員の給料でも十分暮らしていける。
しかし、結婚するなら家族を養わねばならない。そうなれば、いつまでも昇進を断ってはいられないだろうし、安易に会社を辞められなくなる。徹が居なくなる可能性が減る。
「任せといてよ学兄さん。私が徹に相応しい相手を見つけてあげる」
奏も徹を気に入っている。それこそ十代の頃は自分が徹と結婚して翁崎家に引き込もうと本気で考えるほどに。それでも、徹は翁崎家に入ることを頑なに拒んだ。紡から良い顔をされないと分かっているからだ。
翁崎家に籍を入れないまま、生涯離れないようにする方法。奏は自分の一番可愛がっている部下と徹を結婚させ、間接的に縛ろうと考えた。
「……それで徹は幸せになれるのか……?」
穂堂 薫は夫に復職を反対され、大好きな仕事から遠去けられ、人生のやり甲斐を失い掛けていた。薫にとって征を精神的に支えて会社に貢献することは社会と関わり続ける唯一の手段であり、何よりも大事なことだった。
閉鎖的な家庭より株式会社ケルストを選んだ。
ひとり遺された徹もまた母親と同じ道を辿ってしまわないか。
このままでは駄目だと思いつつも、学は徹を手放せないでいた。
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