67 / 142
第6章 現在に繋がる過去
66話・惑いと迷い
しおりを挟む翁崎 征が亡くなった後、予定通り長男の学が跡を継ぎ、株式会社ケルストの社長に就任した。
入社以来ずっと補佐として仕事に携わり、父親の征が倒れて入院してからは全て代わりを務めてきた。業務には何の支障もない。肩書きが正式に『社長』になっただけ。
それなのに、学は狼狽えた。
もう『父親の代理』ではない。自分で考え、采配をして社員たちをまとめ、導いていかねばならない。責任が学の肩に重く伸し掛かる。
妻や子には弱い姿を見せられない。
もちろん部下たちにも。
経営者の重圧に耐えられるほど学は強くない。人の上に立つような立派な器ではないと自分が一番よく知っている。征と学はひと目で親子と分かるほどに似ているが、それは外見だけでなく内面にも言えること。だから『精神的な支柱』を必要とした。
「徹、私に父さんの代わりが務まるだろうか」
「今までも立派にやってきたじゃありませんか」
「あと十年は補佐でいられると思っていたのに、まさか、こんなに早く」
「……そうですね。先代が亡くなるには早過ぎました。でも、学さんは経験も実績もありますから。今まで通りで大丈夫ですよ」
かつて先代社長、翁崎 征がそうしていたように、現社長の翁崎 学も穂堂 徹に弱い部分を晒し、全てを肯定してもらった。
仕事前に精神的な安定を得るため『毎朝仕事の報告をしに来るように』と指示を出した。単なる口実にも関わらず、徹は必ず朝一番に社長室を訪れて律儀に報告をしていく。社内の小さな情報にも詳しくなり、そのおかげで社員たちとの距離が近くなった。
漠然と弱音をこぼすだけではなく、具体的な相談をすることもある。そんな時でも、徹は一緒に考え、悩み、より良い選択が出来るように寄り添った。
重役や秘書よりも、そして血の繋がった家族よりも近くて頼りになる存在。
いつしか学は徹を失うことを恐れ始めた。
彼の支えが無くては社長の重責に耐えられないというのに、徹を縛る手段がない。彼の『翁崎家への恩』に縋っているだけ。それがいつまで続くのか何の保障もないのだ。ある日突然『さようなら』と立ち去られても不思議ではない。
せめて働きに見合う地位や報酬を、と申し出たが辞退された。入社以来、徹はずっと昇格を断り続けている。『恩返しのために働いているのだから必要ない』と言われてしまえば無理強いは出来ない。逆に言えば『恩返しが終わったらすぐに辞められる』状態とも言える。
「いつまでも独り身だからだわ。徹だってもう良い歳なんだもの。付き合ってる相手とかいないの?」
仕事の合間に徹の話題になった時、妹の奏からそう尋ねられ、学は首を傾げた。ほぼ毎日のように顔を合わせているというのに、浮いた話ひとつ聞いたことがなかったからだ。
考えてみれば、徹からプライベートの話を聞いたことがない。いつも自分の悩みや相談ばかりで、逆にあちらから相談を受けたことすらない。
住む場所は、征が残した学名義のマンションがある。家賃が掛からないので平社員の給料でも十分暮らしていける。
しかし、結婚するなら家族を養わねばならない。そうなれば、いつまでも昇進を断ってはいられないだろうし、安易に会社を辞められなくなる。徹が居なくなる可能性が減る。
「任せといてよ学兄さん。私が徹に相応しい相手を見つけてあげる」
奏も徹を気に入っている。それこそ十代の頃は自分が徹と結婚して翁崎家に引き込もうと本気で考えるほどに。それでも、徹は翁崎家に入ることを頑なに拒んだ。紡から良い顔をされないと分かっているからだ。
翁崎家に籍を入れないまま、生涯離れないようにする方法。奏は自分の一番可愛がっている部下と徹を結婚させ、間接的に縛ろうと考えた。
「……それで徹は幸せになれるのか……?」
穂堂 薫は夫に復職を反対され、大好きな仕事から遠去けられ、人生のやり甲斐を失い掛けていた。薫にとって征を精神的に支えて会社に貢献することは社会と関わり続ける唯一の手段であり、何よりも大事なことだった。
閉鎖的な家庭より株式会社ケルストを選んだ。
ひとり遺された徹もまた母親と同じ道を辿ってしまわないか。
このままでは駄目だと思いつつも、学は徹を手放せないでいた。
0
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる