【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

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第5章 西と東の思惑

60話・女性遍歴と意外な提案

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 阿志雄あしおが営業部のブースに戻ると九里峯くりみねの姿は見当たらず、伊賀里いがりが他の社員たちと談笑しているところだった。

「伊賀里先輩、さっきは途中で抜けてすみませんでした。九里峯さんは?」
「もうタクシーで帰ったよ。東京に戻る前にこの辺の市場調査をしていくんだって。仕事熱心な人だよねぇ」
「そ、そうですね……」

 やはり伊賀里の九里峯に対する評価は高い。東京支社の営業実績に貢献した事実がある以上、下手に悪評を振り撒くわけにもいかず、阿志雄は曖昧な返事をするに留めた。

「それで、今みんなから見せて貰ったんだけど」

 そう言いながら伊賀里がスマホの画面を向けてきた。歓迎会の際に酔い潰れ、伊賀里の名を呼びながらさめざめと泣く阿志雄の映像が再生されている。

「アッ、それ!まだ消してなかったんすか!」
「伊賀里に見せるまで消すわけないだろーが」
「良かったなぁ?憧れの伊賀里が来てくれて」

 営業部の先輩たちは揶揄うようにニヤニヤ笑っている。恥ずかしい動画を本人に暴露され、阿志雄は羞恥で真っ赤になった。必死になってスマホを奪おうとするが順繰りに先輩たちの手に渡り、捕まえることが出来ない。

「こんなに慕ってくれてたとは知らなかったよ」
「うう……すみません」
「なんで謝るの。嬉しいよ、ありがとう」
「伊賀里せんぱぁい……!」

 意地悪な先輩たちとは違い、朗らかな笑みを浮かべて優しい言葉を掛けてくれる伊賀里に、阿志雄はただただ感動した。

「これも、見つけてくれてありがとう」

 伊賀里の手にはサメのキーホルダーが付いたUSBメモリがあった。先日電話で頼まれ、机の奥底に落ちていたものを阿志雄が探し出した。

「御礼したいし、コーヒーでも飲まない?」
「は、はいッ!」

 誘われるがままに一緒に移動する。営業部のあるフロアには自販機コーナーのそばに幾つかベンチが並んでいる。並んで座り、伊賀里が買ってくれた缶コーヒーを飲む。

「阿志雄くんモテるんだねえ。東京支社の女の子たちが残念がってたよ」
「はは……」
「恋人居ないの?まぁ、居たら本社こっちに来ないか」
「いや、なんか長続きしたことなくて」

 自分の女性遍歴を思い出し、阿志雄は苦笑いを浮かべた。

 告白するのも別れを切り出すのも決まって相手から。『思っていたのと違う』と判を押したように言われ、その回数が二桁に達する頃には誰から申し込まれても断るようにした。社会人になる前の話だ。
 要は、普段の明るく活発なテンションで四六時中盛り上げてもらいたかったのだろう。向こうから告白してきたというのに、その後は全部阿志雄任せ。好きでもない相手に何かしてやる気も起きず、『肩書きだけカノジョ』が愛想を尽かすまで放置する。そんな付き合いしかしてこなかった。
 就職してからは、同僚の女性社員や取引先の人にそんな扱いをするわけにもいかず、全て断っている。

 阿志雄は本当の意味での恋愛をしたことがない。自分からアピールしたことすらないのだ。本気で好きになれる人を、愛情を向ける先をずっと求めていたのかもしれない。

「まだ若いもんね、焦ることないか」

 はは、と笑い掛ける伊賀里からは他の先輩たちとは違い、嫌味や皮肉は一切感じない。本社研修で世話になった時から変わらない。尊敬に値する素晴らしい先輩だ。

 あんなに憧れ、焦がれていたはずなのに、会えて嬉しいと思う以上の気持ちは湧いてこない。一時期は伊賀里に恋をしているのではないかと自分を疑ったこともあったが、やはり違う。伊賀里に対する気持ちは尊敬からくる憧れ。穂堂ほどうに抱く想いとは異なるものだ。

「それでさ、ここからが本題なんだけど」
「はいッ、なんでしょうか?」

 続きを促すと、伊賀里は悪戯っぽく笑いながら阿志雄の耳に顔を寄せた。

「君さぁ、東京支社に戻る気はない?」


     【営業部 伊賀里 十和いがり とわ
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