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第5章 西と東の思惑
56話・宣戦布告
しおりを挟む「あっねえ君、もしかして阿志雄くん?」
「は、はい」
「今から営業部に行くとこだったんだよ。わざわざ出迎えに来てくれたの?ありがとう」
本社のエントランスの片隅で立ち尽くしていた阿志雄の姿を見つけ、伊賀里のほうから声を掛けてきた。先日電話でやり取りしたとはいえ、直接顔を合わせるのは三年ぶりである。それなのにすぐに気付いてもらえて、阿志雄は嬉しくてたまらなかった。
「伊賀里、俺はもう上に行くぞ」
「はい、支社長。また後ほど」
支社長相手にも平然と笑顔で返す伊賀里。一緒に本社に来たのはたまたま予定が合っただけなのだろうか。
不機嫌そうな態度を崩しもせず、東京支社長の紡がスタスタとエレベーターホールに向かって歩いて行く。その途中、本社社長の後ろに控えている穂堂の前で立ち止まった。
「紡さん、お久しぶりです」
恭しく頭を下げて挨拶する穂堂を睨み、紡が嘲笑うように鼻で笑う。
「──まだ居たのか。さっさとケルストを辞めれば良いものを」
「……申し訳ありません」
冷たく言い放ち、すぐに再び歩き始める紡に対し、穂堂は頭を下げたまま小さな声で詫びた。
「なぁにあの態度!感じ悪っ!徹くん、あんな奴の言うことなんか気にしなくていいんだからね!」
「いえ、本当のことですから。お気遣いありがとうございます、奏さん」
「だって紡兄さんたら、いっつも徹くんに冷たく当たるんだもの。何が気に入らないのか知らないけどさぁ」
「私が悪いんです。どうか紡さんを責めないでください」
そう返す穂堂の顔色はあまり良くない。余程ショックだったのだと分かる。
離れた場所からやり取りを見ていた阿志雄は、すぐにでも穂堂のそばに駆け寄りたい気持ちでいっぱいだった。
しかし、あちらには本社社長と大阪支社長、それに苦手な佐々原もいる。更に、こちらには久々に再会した憧れの先輩である伊賀里と得体の知れない男、九里峯がいる。放置していくわけにはいかない。
幸い大阪支社長は穂堂の味方のようだ。フォローは彼女に任せよう、と阿志雄は判断した。
「えーそれで、そちらの方は……」
「あれっ、知らなかった?そっか、連携する前に転勤しちゃったもんね」
さりげなく尋ねると、伊賀里は笑って二人の間を取り持つように立った。
名前と会社名は知っているが、これは鍬沢に調べてもらっただけで九里峯と直接話したことはない。阿志雄は知らぬ顔を決め込んだ。
「今回は彼を本社営業部に紹介するために連れてきたんだ。仕事の効率が上がるから期待していいよ」
「初めまして。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
爽やかな笑みを浮かべながら手を差し出してくる九里峯に応え、阿志雄も手を伸ばして握手を交わす。ぐっと手に力を込め、真っ直ぐ阿志雄を見据えてくる九里峯。その目は全く笑っていない。
傍目には和やかな挨拶に見えるが明らかに喧嘩を売られている、と阿志雄は口元を引き攣らせた。
【営業部 阿志雄 真司】
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