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第5章 西と東の思惑
52話・揺れる気持ち
しおりを挟む「ん~、ちょっと地味じゃないですか~?」
「憩いの場をコンセプトにしてますから落ち着きのある色合いでまとめております」
「でもエントランスのすぐ側にありますしぃ、もっと華やかなほうが良くないですか?」
「それもそうですね。では、こちらの配色で……」
テーブルの上に置かれた企画書やデザイン案を挟み、話し合う二人の女性。
片方は株式会社ケルスト総務部所属の佐々原。もう片方はアルムフードサービスの女社長、有里村。彼女たちは壁紙や什器のカタログを見ながら、ああでもないこうでもないと意見を戦わせている。
彼女たちのやり取りを、穂堂は少し離れた場所から眺めていた。自分ではデザインやレイアウトの良し悪しは分からないため、今まであまり意見を述べることはなかった。臆することなく堂々と提案・発言する佐々原の積極的な姿勢に感心するばかり。
「では、いただいたご意見を参考に何パターンか作成して参りますね」
「お願いしまーす!」
「佐々原さん、良かったらこの後一緒にメーカーの展示場に行きません?実物を見ていただいた方が早いと思いますよ」
「あ、行きたいです。是非!」
打ち合わせ内容は以前から進めていた休憩所の件である。穂堂の負担を減らすため、この案件の担当を佐々原に任せることに決めた。
「佐々原さん、今日は展示場から直帰していただいて構いませんよ」
「ホントですかぁ穂堂さんっ!」
「ええ。しっかり良いものを選んできてください」
「了解でーす!」
新たな仕事を割り振られ、佐々原はご機嫌な様子でロッカーへと引っ込んだ。
「……有里村さん、よろしくお願いします」
「ええ、お任せください」
穂堂が軽く頭を下げると、有里村はにっこり笑ってウインクしてみせた。そして、佐々原を伴って出かけていった。
佐々原と顔を合わせる時間を減らすため、阿志雄が考えた方法は『佐々原の仕事を増やす』こと。
片桐の件でお礼をする機会を狙っていた有里村に頼み、たまたま打ち合わせの予定が入っていた休憩所案件の担当を穂堂から佐々原に変更したのだ。
阿志雄から『佐々原が穂堂を狙っている』『出来るだけ引き離したい』と大雑把な説明を受けた有里村は全面協力を約束してくれた。今回のように社外に連れ出したり、打ち合わせをわざと伸ばすなどして穂堂との時間を減らしてくれることになっている。
しかし、これは一時凌ぎに過ぎない。
佐々原は優秀な人材で、仕事に対する熱意と力量を兼ね備えている。権限を与えればすぐにでも話をまとめてしまうだろう。故に、この件の最終決定権を与えないまま、交渉役だけを任せている。これも阿志雄の入れ知恵だ。
「有里村さんにもご迷惑を掛けてしまいました」
「また気にしてる!いいんですよ、彼女は穂堂さんに御礼をしたがってたんですから。これで貸し借りチャラってことで」
穂堂は有里村からの好意に薄々気付いていたため、社外でふたりきりで会うことを極力避けていた。誰とも交際するつもりがないからだ。
佐々原も有里村も仕事に私情を挟むタイプではない。案外良い仕事仲間になりそうだ。
「そういえば、先ほどは何か用があって連絡をくれたんですよね。後回しにしてしまってすみません」
「ああ、社内便を頼もうかと。でも、送らなくても良くなったんで大丈夫です」
「そうでしたか」
「東京支社の伊賀里先輩に送る予定だったんですけど、近々本社に来るらしくて、直接手渡すことにしました!」
阿志雄があまりにも嬉しそうに語るので、穂堂もつられて笑おうとしたが、何故かうまく表情が作れなかった。
【ARM社長 有里村 瑛里華】
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