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第5章 西と東の思惑

51話・嫌なら嫌でいい

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 社内便を頼むために総務部を訪ねたというのに、すっかり忘れた上に佐々原ささはらにケンカを吹っ掛け、営業部まで帰ってきてしまった。

 阿志雄あしおは歯噛みをしながら頭を掻き、どうしたものかと頭を悩ませた。総務部に行けばまた佐々原と顔を合わせてしまう。あんなやり取りをした直後に頼み事はしづらい。
 仕方なく会社支給携帯で目当ての人物の連絡先を出し、発信ボタンを押す。すると、一度目のコール音が途切れる前に繋がった。

『総務の穂堂ほどうです』
「あ、穂堂さん?オレです。えっと」
『わかりました。すぐ伺います』
「え?まだ用件言ってな──」
『どちらですか?場所を教えてください』

 電話の向こうの穂堂は有無を言わさず場所を尋ねてくる。普段と変わらぬ口調だが様子がおかしい。阿志雄はすぐに場所を伝え、通話を切った。
 今度は営業部のデスクにある固定電話が鳴った。穂堂が内線で掛け直してきたのかと思ったが、外線ランプが点灯している。
 電話の主は伊賀里いがりだった。

『あ、阿志雄くん?さっきのUSBメモリもう発送しちゃった?』
「いえ、まだ。今からです」
『やっぱ社内便は無しで。近日中にそっちに行く用事が出来たから直接取りに行くよ』
「!伊賀里先輩、本社こっちに来られるんですか」
『そう、だからそれまで預かっておいてくれる?』
「分かりました!」
『じゃ、よろしくね』

 伊賀里が本社に来る。
 数年振りに会える。
 そう思っただけで阿志雄の気分は高揚した。
 伊賀里は記憶の中の優しく穏やかな印象のまま変わっていない。電話で少し話しただけでこんなに嬉しいのだから、直接会ったらどうなってしまうのか。

 預かりもののUSBメモリをデスクの引き出しに大事に仕舞い込み、仕事を再開する。
 思えば本社に来てからの仕事は全て伊賀里が担当していた案件ばかり。どの会社も伊賀里の仕事を高く評価しており、後任の阿志雄は彼の話をよく聞かされた。そういったことも含め、抱いていた尊敬の念をますます深めていった。

 しばらくして、営業部のブースに穂堂が現れた。離れた場所から阿志雄を見つけて手招きしている。すぐにそばに駆け寄ると、明らかにホッとした様子で表情をゆるめた。
 フロアの片隅にある自販機コーナーに場所を移し、缶コーヒーを買って手渡す。周りに誰もいないことを確認してから、阿志雄は「大丈夫ですか」と話し掛けた。

「大丈夫……と言いたいところですが」
「また佐々原から何か言われました?」
「いえ、顔を合わせづらいだけで……」

 それで阿志雄からの電話を理由に逃げてきたというのだ。仕事第一の彼が仕事を投げ出すほど動揺している。後輩社員から交際を申し込まれただけでここまで取り乱すものだろうか、と阿志雄は疑問に思った。

「穂堂さん、何でも話してくださいよ。オレたち『友だち』でしょ?」
「……、……ええ」

 阿志雄の抱く感情はとっくに友情の域からはみ出ているが、今は自分の気持ちより穂堂を落ち着けて話を聞き出すことが最優先。『友だち』を強調し、心配しているのだと伝えれば、穂堂は迷いながらも小さく頷いた。

「……『あなたが昇進を断っているせいで周りに迷惑を掛けている』と。改めて言われると、やはりショックで……」
「あいつ、そんなことを?」
「ええ。実際鍬沢くわざわくんと阿志雄くんにも話がいってしまいましたし、佐々原さんもそのためだけに本社に来た、と」

 穂堂に昇進話を受けさせるために大阪支社長の指示で転勤してきた佐々原。彼女は『転勤』ではなく『出向』と表現していた。目的を果たせば再び大阪支社に戻るつもりなのだろう。もし穂堂が彼女と交際することになれば、ふたりして大阪支社に行ってしまうのかもしれない。

「オレは迷惑とか思ってませんからね!もちろん鍬沢も」
「ありがとうございます。……でも、巻き込んでしまったのは確かです。私がつまらない意地を張っているせいですよね」

 さっさと昇進してしまえば干渉されることもなくなるだろうに、穂堂は拒み続けている。

「嫌なら嫌でいいじゃないですか。オレは穂堂さんがしたいようにすればいいと思います」
「阿志雄くん……」
「でも、うるさい奴は何とかしなきゃですよね」

 にやりと笑う阿志雄に、穂堂は少しだけ怖くなった。



     【営業部 阿志雄 真司あしお しんじ
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