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第5章 西と東の思惑
50話・牽制男 v.s. 猫被り女
しおりを挟む総務部に所属する女性社員、佐々原 藍の評判は非常に良い。
小柄で可愛らしく、いつも元気いっぱいで愛想も良い。細かいところによく気が付き、仕事熱心。居るだけで場の雰囲気が明るくなる。
特に男性社員からは妹か娘のように可愛がられ、行く先々でお菓子を貰ったりジュースを奢ってもらったりしている。媚びた感じはなく、女性社員からも好かれている。──その辺で軽く聞き込みしただけですぐに情報が集まった。
そんな子が穂堂に交際を申し込んだ。偶然現場に居合わせてしまったが、愛の告白と言うにはかなり無理のある状況だったと阿志雄は思う。
可愛い後輩に間近に迫られ、上目遣いで交際を申し込まれたというのに穂堂はただ狼狽するばかりだった。
「お付き合いするつもりはありませんが、同じ部署ですし、気まずくなるのはちょっと」
「好みじゃないんですか?」
「彼女ではなく私の問題です」
「ああ~……」
先日聞いた話を思い出し、阿志雄は納得した。
本社に尽くすことを第一に考えているから他に大切な存在を作りたくないのだと。何があろうと穂堂は必ず本社を優先する。その時になって相手に不満を抱かせるくらいなら最初から恋人など作らなければいい。そう考えているのだ。
しかし、何故佐々原は急にそんな真似をしたのか。大阪支社から転勤してきて約一ヶ月。その間に穂堂の人柄に惹かれたのは理解出来るが、退勤後や休憩時間を待たずに行動に出た理由が分からない。
(そういや見合いがどうとか言ってたな)
朝イチで営業部の部長、司田辺に『昇進話の説得に失敗した』と報告した際にそんな話が出た。大阪支社長が見合いを薦めようとしている、と。
このタイミングで動いた彼女が件の相手で間違いない。
「佐々原サン、ちょっといい?」
「構いませんよぉ、阿志雄サン」
よそ行きの笑みを顔に貼り付け、阿志雄は備品配達中の佐々原を廊下の突き当たりまで呼び出した。周りに人がいないことを確認してから彼女に詰め寄る。
「おまえ、大阪支社長の指示でやってんの?」
「そうですけど、何か問題でも?」
直球で問い質せばアッサリと認められた。しらを切られるのではと予想していた阿志雄は、彼女の反応に肩透かしを喰らった。現場を見られたこともあり、開き直っているようだ。
「穂堂さん嫌がってんだろーが」
「そうですかねぇ。急だったんで驚かせちゃいましたけど、押せば案外イケるとは思いますよぉ」
「おまえなぁ……、ッ」
続けて抗議しようとする阿志雄の鼻先に、ビシッと佐々原が人差し指を突き付けた。先ほどまでの愛想笑いは消え、下からキッと睨み付けている。
「アンタに何の関係があるん?説得に失敗したんは誰やったっけ?役立たずは引っ込んどいてくれます?」
高めの可愛らしい声ではなく、低く凄みのある声と口調。普段の愛嬌は周りを欺くための演技だったのだろうか。
それに、阿志雄が説得役を任されていたことを知っている。『任せた側』と繋がりがある証拠だ。ゴーサインが出た途端に行動に出たところをみると、気が短くて回りくどい真似が苦手なのだと分かる。
「それが素かよ」
「失礼な相手限定です♡」
「おー怖。先輩たちが知ったら驚くだろうな」
「アタシ可愛いから許されると思いますよ?」
脅すつもりでそう返せば、佐々原は全く気にしてない様子でケラケラと笑った。
猫被りがバレたとしても、佐々原は元々お淑やかなお嬢様キャラではない。気に入らない相手に対して愛想が悪いのは阿志雄も同じ。男性社員がどちらの肩を持つかは分かりきっている。
「上からの命令で穂堂さんと付き合う気か?あの人のこと、大して知らないくせに」
「本社来てからずーっとお仕事教えてもらってたんですよぉ?人となりは見定めたつもりです」
たった一ヶ月で、と言おうとして阿志雄は口を噤んだ。同じ時期に本社に転勤してきたのだ。期間でいえば阿志雄も同じ。就業時間内に接する機会が多い佐々原のほうが一緒に過ごした時間は長い。大阪支社長から昔の話を聞いているのなら、得ている情報も阿志雄より多い。
「奏さんの命令で本社に出向したんは事実ですけど、実行するかどうかはアタシに任されてるんで」
「それって……」
「穂堂さんを気に入ったんはホントです。無関係なヒトは邪魔せんといてくださいねぇ?」
最後にひと睨みしてから、佐々原は悠々と仕事に戻っていった。舌打ちを堪えながら小さな後ろ姿を見送っていた阿志雄はあることに気付き、ハッと息を飲む。
「社内便頼むの忘れてた!」
上着のポケットの中には伊賀里のUSBメモリが入ったままだった。
【営業部 阿志雄 真司】
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