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第5章 西と東の思惑
49話・感情のジェットコースター
しおりを挟む『東京支社営業二課の伊賀里です。……阿志雄くん?聞こえてる?』
「あ、は、ハイッ、大丈夫です!」
『ごめんね、わざわざ掛け直してもらっちゃって。忙しかったかな?』
「全然大丈夫です!オレこそ席を外しててすんませんでしたッ!!」
あの後、気持ちを落ち着けてから東京支社の営業部に電話をした阿志雄は、久々に聞いた伊賀里の声に舞い上がっていた。
口調は終始穏やかで、四才下の後輩に対しても優しい。高圧的な他の先輩たちとは全然違う。
「それで、オレに何かご用ですか?」
『いま君が使ってるデスク、前まで僕が使ってたんだけど、そこにUSBメモリを置き忘れてたみたいで。サメのキーホルダーが付いてるやつなんだけど』
受話器を耳と肩で挟みながら、阿志雄はデスクの引き出しを開けて中を探してみた。
本社で使用されているのは事務用の片袖机である。USBメモリなどの小さなものならば浅めの上段引き出しにあると踏んだのだが、それらしいものは見当たらない。諦めずにその下の引き出しも見ていくが、やはり見つからない。
『うーん、どっかに紛れちゃったかなあ』
受話器の向こうの伊賀里の困り果てた呟きに、何としても目当てのものを探し出さねばならないと阿志雄は決意した。
一旦電話を保留にしてから一番下の引き出しを外し、這いつくばって内部を覗き込む。すると、奥の片隅にUSBメモリが落ちていた。サメのキーホルダーが付いている。間違いなく伊賀里が探していたものだ。
「ありましたよ伊賀里先輩!」
『わあ、見つけてくれたの?ありがとう!』
耳元で聞こえる喜ぶ声に、ホッと息をつく。役に立てて良かったと安堵しているのだ。
『社内便で東京支社に送ってくれる?』
「わかりました!すぐ手配します!」
『ありがとう、助かるよ阿志雄くん』
通話はそこで切れたが、憧れの先輩と話せたことが嬉しくて、阿志雄はしばらく受話器を持ったままぼんやりとしていた。
「おい阿志雄!なにボーッとしてんだ」
「余韻に浸ってるんで静かにしてください」
「……おまえ、伊賀里にはバカみてーに丁寧に応対してたクセに」
「さ、総務行ってこよーっと」
「無視かよ!!!」
喚く先輩をよそに、足取り軽く営業部のブースから出て階下へと向かう。
社内便を取りまとめているのは総務部だ。消耗品の補充は別の社員に任せたようだし、普段より穂堂の手は空いているはず。頼むついでに何か話せたら、と考えただけで自然と笑みがにじみ出る。
浮かれた阿志雄が総務部の扉を叩こうとした瞬間、中からバンッと何かが叩きつけられるような大きな音が響いた。そして、何かを言い合うような声もする。
慌てて扉を開けた阿志雄の目に入ったのは、書類棚を背にした穂堂が佐々原から壁ドンされているところだった。他の社員は見当たらない。密室にふたりきりの状態だ。
「……何してんすか」
思わず声を掛けると佐々原はパッと身体を離し「別に何にも~」と笑いながら去っていった。彼女の後ろ姿を見送り、改めて穂堂を視線を向ければ、最初に見た体勢のまま固まっている。
「ちょ、大丈夫ですか穂堂さん」
「平気です。少し驚いただけで」
声を掛けると、ようやく書類棚から背中を引き剥がし、よろよろと歩み寄ってきた。顔色が悪い。全然平気そうではない様子に、阿志雄はムッと口を尖らせた。
「さっきの子に何か言われたんすか。とっ捕まえてきます?」
「あ、いや。本当に、大丈夫ですから」
先ほどは佐々原が穂堂に詰め寄っているように見えた。踵を返して彼女を追いかけようとする阿志雄の袖を穂堂が掴んで止める。
「……交際を申し込まれただけです」
「なんで???」
青褪めた表情で理由を告げられ、阿志雄は素で聞き返した。
【総務部 穂堂 徹】
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