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第5章 西と東の思惑
48話・総務の可愛い子ちゃん
しおりを挟む部長との話を終え、ひと足先に戻ると、廊下に見覚えのある台車があった。総務部が備品を運ぶ時に使っているものだ。穂堂が来ていると思った阿志雄は、意気揚々と営業部の扉を開けたのだが……
「ひゃっ、ビックリしたぁ!」
「あ、すんません」
甲高い悲鳴に思わず謝罪すると、開けた扉スレスレの位置に人が立っていた。ショートカットの小柄な女性だ。パンツスーツ姿で、上着を脱いでシャツの袖を捲り、たたまれた段ボールを小脇に抱えている。突然勢いよく開いた扉に驚き、当たらなかったことに安堵し、阿志雄に対して頬を膨らませるなど、短時間にころころと表情が変わる。
「んもぅ、気を付けてくださいねぇ?ケガしなかったんでいいですけどぉ」
「ホント申し訳ない……」
普段ならば誰とでもソツなく話せる阿志雄だが、彼女の勢いに圧されてうまく対応出来ずにいた。
謝りながらも、この女性は誰だ?と考える。営業部や開発部では見たことがない。それに、言葉にやや訛りがある。
目の前の小さな女性を見下ろしながら思考を巡らせる阿志雄をよそに、彼女は営業部のブースを振り返った。
「頼まれてた消耗品、全部補充しといたんで確認してくださいねぇ~!」
「ありがとう、また頼むよ佐々原ちゃん」
「毎度~!そんじゃ失礼しま~す!」
営業部の先輩が御礼の言葉を返すと、彼女は満面の笑顔で手を振り、廊下の台車を押してパタパタと去っていった。活発で、嵐のように賑やかな女性だ。
「先輩、今の人は?」
「知らねーの?総務の可愛い子ちゃんだよ」
「え、全然知らないです」
阿志雄の言葉に、先輩は信じられない!といったリアクションをしつつ苦笑いを浮かべた。
「マジか。おまえと同じ時期に本社に転勤してきたんだぞ。あの子は大阪支社からだけどな」
「へー」
「歓迎会ん時も居ただろが。まあ、総務は違うテーブルだったけどさ」
「ふーん」
言われてみればそんな人も居たような気がする。歓迎会の時の阿志雄は、憧れの先輩・伊賀里とすれ違い転勤をしてしまったショックで終始飲んだくれでいた。故に、同時期に転勤してきたというのに挨拶すらしていない。
「おまえと同い年だってよ。いいなあ、あんな可愛い後輩が良かったなぁ」
確かに佐々原は目がくりくりとしていて可愛らしい顔立ちをしているが、全く興味が持てない。「はぁ、そっすかね」と気のない返事を繰り返す阿志雄に、先輩はわざとらしく大きな溜め息を吐き出した。
「ホンットに可愛げがない後輩だよ」
「え、オレ可愛いでしょ」
「俺よりデカい奴が何言ってんだ!」
「ハイハイすんませんね高身長で」
先輩を適当に遇らいながら「そういえば」と思い出す。
穂堂に昇進話を受けるように説得しろと頼まれた時、司田辺から総務部の現状を教えてもらった。大阪支社からわざわざ呼んで増員したのは穂堂の負担を軽くするためなのだと。
今まではコピー用紙や複合機のトナーなどの消耗品の補充は穂堂がしてくれていたが、今後は彼女の仕事になるのだろうか。ただでさえも別部署だというのに更に社内での遭遇率が減ってしまう、と阿志雄は肩を落とした。
「そういやさっきアイツから電話あったぞ。折り返し連絡しとけよ」
「アイツって誰ですか」
自分のデスクに戻ると、パソコンのディスプレイの端に先輩が付けたと思われる付箋があった。走り書きの文字を追って読む目がある一点に釘付けとなる。
「東京支社の伊賀里だよ。おまえに用があるんだってさ」
久々に聞いた伊賀里の名に、阿志雄の頭の中から先ほどまでのことが全て消し飛んだ。
【総務部 佐々原 藍】
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