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第4章 公然の秘密と謎の男
45話・社長との関係 1
しおりを挟む「社長名義の部屋に住んでるって、なんで」
「誰も住まないと部屋が傷みますから。換気や掃除もしたいですし」
引き攣った顔を隠すように阿志雄は穂堂から顔をそらした。動揺を落ち着かせるためにグラスを呷る。
淡々と理由を述べる穂堂は普段と変わらぬ様子で、今の言葉が嘘ではないと分かった。
「定期的に水を流さないと水道管の劣化が早まったり下水のにおいが上がってきたりするそうですよ」
「へぇ……知りませんでした」
「通いで対応すると提案したのですが、それなら住めばいいと社長が仰るので」
「そうなんですか」
だが、聞きたいのは部屋の管理の必要性ではない。何故そんなことを頼まれたのか、だ。
──社長からマンションを与えられているなんて、まるで囲われている愛人みたいじゃないか。
これまで得た情報からは『そう』としか思えなくなり、阿志雄は躊躇いがちに口を開いた。
「前から聞きたかったんですけど、……穂堂さんて翁崎社長とどういう関係なんすか」
これまで何度も社内で目撃している。
社長が穂堂と親しげに話し、頭を撫でているところを。「徹」と下の名前で呼んでいることも知っている。先日は穂堂が出先で買った土産を渡し、阿志雄や鍬沢と出掛けたことを楽しげに話してくれたと社長本人から聞かされた。
穂堂はキョトンとした顔で阿志雄を見つめ、しばらくしてから「ああ」と納得したように何度か頷いた。
「そうか、君は知らないんですね」
「何をですか」
「司田辺さんも、何の説明もせずに阿志雄くんに妙なことを頼んで……さぞ不思議に思ったでしょうね」
表情は変わらないが、頬が僅かに赤い。もう酔いが回ってきたのだろうか。口調も普段より柔らかい気がした。
「社長は『家族』なんですか?」
「……そう、ですね。少なくとも私はそう思っています」
わざと『家族』という言葉を使って尋ねれば、やはり穂堂は歯切れの悪い、微妙な反応をした。
「兄弟じゃないですよね。親戚とか?」
「いえ、血の繋がりはありません。養子などの書類上の親族でもありません」
身内ならば所有しているマンションを貸し出すことは有り得る。親しげな態度も納得出来る。
しかし、血縁ではなく戸籍も違うのならば、一体どんな関係だと言うのか。
「家族って……」
それは家族と呼べるのか、と言い掛けて阿志雄は口を噤んだ。穂堂が悲しげな顔を見せた気がしたからだ。普段の彼ならば抑え込んでいたであろう感情が、酔いで隠しきれなくなっているのかもしれない。
僅かに下げられた眉を見て、阿志雄は焦った。
「あの、すみません。無理に聞きたいってワケじゃなくてですね。言いたくないなら言わなくても、オレは全然──」
気にはなるが、悲しませてまで真実を知りたいとは思わない。慌てて弁解すると、焦る阿志雄が滑稽に見えたからだろうか、穂堂はフッと表情を緩めた。
「いいんですよ。別に隠していることではないですし、年配の社員は皆さん知っていますから」
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【本社社長 翁崎 学】
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