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第4章 公然の秘密と謎の男

42話・季節の海鮮丼と天ぷら御膳

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 しばらく取り留めのない話をしていると、注文した料理が運ばれてきた。海鮮丼と天ぷらのセットだ。目の前に置かれた鮮やかな海鮮丼に、阿志雄あしおは思わず声を上げた。

 丼の器は口が広く底は浅い。色とりどりの魚の切り身が立体的に盛り付けられている。赤身のまぐろかつお、白身の真鯛まだい、綺麗なピンク色をしたサーモンが丼の縁を彩るように並び、中央には大葉に乗った生しらす、飛び子、いくらが飾られている。

 まずは別皿の天ぷらに箸を伸ばす。
 薄めの衣越しに見えるタラの芽の赤紫がかった黄緑色。天つゆではなく塩をつけてかじれば、ほんのり広がる苦味と甘味。揚げたての天ぷらのさくさくとした歯触りから具材のほくほくとした食感。続けてたけのこの天ぷらを口に入れる。穂先部分のみで柔らかく、エグみも一切感じない。独特の歯応えを楽しみながら、阿志雄の目線はメインの海鮮丼へと向けられた。

 タレを回し掛け、箸を差し込む。ほのかに温かい酢飯と切り身の間には極細の錦糸卵きんしたまごが敷かれてあった。鮪の切り身と一緒に酢飯を口に放り込む。酢飯に混ぜ込まれた胡麻とタレの風味が鮪の味を損なうことなく引き立て、ツンとした山葵わさびの辛味が食欲を刺激した。

「海鮮丼ってメシに刺し身のせただけだと思ってたけど、全然違う……」
「ええ、素人には真似できないですね」

 それでも鍬沢くわざわなら再現しそう、などと話しながら食べ進めていく。あおさの味噌汁から漂う磯の香りを楽しみつつ、再び海鮮丼へと箸を伸ばす。

 ふたりきりでの食事だというのに、食欲に負け、ほとんど会話もないまま食べ終えてしまった。食後に出された熱い緑茶を飲み、ほっと息をつく。

「めっちゃ美味かった……」
「ええ、食べ過ぎてしまいました」
「良い店ですねぇ、ここ。また来たいです」
「次は鍬沢くんも誘いますか」
「アイツ厨房が見える席がいいとか言いそう」
「言いそうですね」

 奥の座敷から店の出入り口のほうを眺めれば、やはり一人客は見当たらなかった。家族連れや仕事の仲間同士のような客ばかりだ。

 ふと、店に着く前に穂堂ほどうが言っていた言葉を思い出す。

「思い出の店って言ってましたよね。家族で来たんですか?」
「……、……ええ。初めて来た時は中学の入学祝いに」
「そうなんですか、いいですね~!」

 返事に少し間があったのは、昔を思い出しているからか。それとも他に理由があるのか。職場の人と来た可能性もあるのに敢えて『家族か』と聞いたのは、以前から感じていた疑問を確かめるため。

 やはり、穂堂は『家族』の話題になると歯切れが悪くなる。子どもの入学祝いに高そうな和食料理店に来るくらいだ。家族仲は悪くないと思われる。もっとも、十何年も昔の話だから今はどうか分からないが。

 これまでは言葉の端々や態度から違和感を感じても、プライベートに踏み込んだら嫌われるのではという怖れから詳しく尋ねることが出来なかった。
 鍬沢に指摘され、自分の気持ちを自覚してからも、その怖れは消えていない。むしろ、より強く『嫌われたくない』と思うようになった。
 でも、『家族』の話を振る度に見せる寂しげな目や言葉を詰まらせる姿に『知りたい』欲が募っていく。

 向かいに座る眼鏡の青年を眺め、普段通りの笑みを浮かべながら「どうしたらもっと仲良くなれるんだろ」と阿志雄は考えた。

「今なんて言いました?」
「えっ?」

 急に驚いた顔で尋ねてきた穂堂に、阿志雄が間の抜けた声を上げる。

「どうやったら仲良く、とか」
「あ、オレ、声に出してました?」
「出てましたね」
「あちゃ~……」

 考えていたことがそのまま口から出ていたことに気付き、阿志雄はバツが悪そうに頭を掻いた。




     【営業部 阿志雄 真司あしお しんじ
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