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第4章 公然の秘密と謎の男
39話・上司の頼みごと
しおりを挟む「阿志雄クン、ちょっといいかね」
「何かありましたか、司田辺部長」
自分のデスクで打ち合わせの資料作りをしていた阿志雄は、上司である営業部部長・司田辺から声を掛けられた。
いつもならばその場で話をするのだが、何故か別室に通され、何の話だろうと阿志雄は首を傾げた。上司が椅子に腰掛けたのを見て、自分も近くの席に座る。
「総務の穂堂くんと仲良くなったらしいねェ」
「はあ、そうですね」
穂堂の名を出され、無意識に表情がゆるませる阿志雄。その様子を見て、司田辺は苦笑いを浮かべた。
「今まで彼が個人的に会社の人間と親しくなることはなかったんだが、よほどゴリ押ししたみたいだねェ?」
「……否定はしませんけど」
「ああ、勘違いせんでくれ。悪いことじゃない、親しくするぶんには構わんよ」
一体何が言いたいのだろう、と阿志雄は疑問を抱いた。今のところ業務に支障が出るような真似はしていないし、部署は違えど社員同士が仲良くすることに問題はないはずだ。
何故上司が口を挟むのか。
何故場所を移して話すのか。
「穂堂くんの友人である君を見込んで、頼みたいことがあるんだが」
「なんですか?」
「昇進の話を受けるよう彼を説得してくれ」
意味が分からず、阿志雄は「はい?」と反射的に聞き返してしまった。
向かいに座る司田辺の態度は真剣そのものであり、これが冗談や軽い話ではないと窺えた。すぐに阿志雄も表情を引き締め、背筋を伸ばして聞く姿勢を取る。
「現在総務部には課長がおらん。前任が昨年療養のため早期退職して以来、ずっと空席になっとる。そこで穂堂くんに課長をと言っておるんだが、彼は断固として受けてくれんのだ」
「そうなんですか」
「課長職になるには少し年齢が若いかもしれんが、我が社を隅々まで熟知し、誰よりも働いているのは穂堂くんだ。これは社長や他の部署の部長たちも認めとる。しかし、彼はヒラのままでいいと言って聞かん」
総務として穂堂が会社に尽くしていることは、株式会社ケルストの本社社員ならば皆知っている。毎日社内を駆け回って様々な雑務をこなし、快適に働ける環境を整えてくれている。
「ここ数年、本社勤務の社員は転勤やら転職やらで数を減らしとる。総務も人手が足りなくてな、デスクワークは女性社員が担当しとるが実務はほぼ穂堂くんがひとりでやっとる状態でねェ。流石に仕事量が多いんで、こないだ大阪支社からひとり来て貰ったそうだが……」
本社の社員が少ないことは阿志雄も気付いていた。東京支社の営業部は二課あるのに対し、本社には一課しか無い。他の部署もそう。若手と年配の社員は多いが、三十代後半から四十代半ばの中堅層が少ない。故に、一時的に課長や係長が不在の課もある。特に総務は人員が少なく、係長は元々いない。
四月に本社に転勤してきたのは、東京支社から営業部の阿志雄と情報システム部の鍬沢のふたり。そして大阪支社からは総務部の女性社員がひとり。彼女が来たおかげで、最近の穂堂は残業時間が減ったという。
「働きに見合う立場と報酬を与えたいが、何度言っても断られてな。友人である君から何とか説得してもらえんかと思ってねェ」
司田辺の言いたいことは理解した。穂堂の働きが認められ、きちんと評価がされていること自体は喜ばしい。だが、穂堂が断り続ける裏には必ず理由がある。知り合って間もない自分が説得してどうにかなるなら、とっくに昇進話を受けているはずだ。
他にも不可解な点がある。
こういった話を持ち掛けるのが人事部の人間ならともかく、司田辺も阿志雄も営業部の所属だ。他部署の昇進には一切関係ない。
穂堂を説得するために親しい者に声を掛けるよう指示している存在がいる、と阿志雄は推測した。
「……この件、もしかして社長から頼まれてます?」
会社のトップが他人を関わらせてまで話を進めようとするのは何故なのか。問われた司田辺は僅かに目を見開いたが、すぐに普段通りの表情を取り繕う。
「とにかく頼んだぞ、阿志雄クン」
有無を言わさぬ上司の態度に、これ以上聞いても無駄だと悟った阿志雄は「わかりました」とだけ返した。
【営業部 阿志雄 真司】
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