【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

第４章 公然の秘密と謎の男

３８話・ふたりの共通点

「それはそれとして、だ」

　ゴホンとワザとらしく咳払いをして、阿志雄あしおが話を仕切り直した。仕事に戻ろうとする鍬沢くわざわの退路を塞ぎ、再び会議室内に引き留める。

「……ハァ。まだ何かあるんですか。仕事中なんで手短にお願いします」

　迷惑そうな態度を隠しもせず言い放つ鍬沢に、阿志雄は懐からスマホを取り出して例の写真を見せた。

「食品偽装事件の黒幕の話なんだけど」
「聞きましょう」

　案の定、鍬沢は関心を示した。
　自炊男子であり、食堂のおばちゃん・和地わじをこよなく尊敬する彼にとって、食品偽装事件は他人事ではない。主食であるコメを入れ替えるという許されざる犯行の黒幕の話となれば聞かないわけにはいかない。
　まずは片桐の件を掻い摘んで話し、預かった名刺を見せる。

「この男の身元を調べたいんだけど、この写真と偽の名刺しかないんだよ。出来るか？」
「……情報が少ない、と言いたいところですが、この名刺はいいですね」

　そう言って、鍬沢は阿志雄の手から名刺を受け取り、興味深そうに眺めている。

「会社名や名前は偽物だったらしいぞ？」
「記載されている情報は嘘でも、これだけ凝った作りです。一枚二枚刷っただけではないでしょう。他にもバラまいていると思いますよ」

　ロゴの箔押しや小口染め以外にも僅かに文字の凹凸を出している。これらの加工を印刷所で頼むのならば少なくとも百枚は作っているだろう。名刺の最低ロットは基本百枚。それ以下でも依頼は可能だが、印刷代は据え置きとなってしまうからだ。

「名前で検索して、顔写真で確認すれば……」

　そこまで言って、鍬沢の動きが止まった。阿志雄のスマホ画面に写し出された男の写真を凝視し、首を傾げる。

「あれ？どこかで見たような……」
「おまえもそう思う？」
「ええ、阿志雄さんもですか」
「オレも見覚えあるんだよ、この男に」

　なんと、阿志雄だけでなく鍬沢も写真の男を見たことがあるという。これには流石に驚き、ふたりは顔を見合わせた。
　他社の人間と顔を合わせる機会が多い営業部の阿志雄はともかく、情報システム部の鍬沢はデスクワークが中心だ。その彼が見掛けたとすれば、目撃場所は社内の可能性が高い。
　そして、ふたりの共通項は四月に東京支社から地方都市の本社に転勤してきたという点のみ。

「東京支社に居た時か！」
「おそらく」

　東京支社の社員に該当する者はいない。
　社外の人間であることは確か。

「わかりました。調べてみます」
「頼む」

　写真のデータと名刺を渡し、阿志雄は鍬沢に調査を依頼した。仕事と料理以外に興味関心を示さない鍬沢も、この件だけは別である。

「片桐かたぎりさんが責任取って解雇された時点で解決、とはならなかったんですね」
「コイツが別の手口で嫌がらせをしてくるかもしれないからな。しかも本社が標的ターゲットだ。放っとくわけにはいかねえ」

　片桐は利用されただけ。株式会社ケルストに恨みはない。むしろ、更に偽装を強要された際に『やめたい』と男に訴えている。
　本来ならば、男は国産米から外国産米に入れ替え又はそれ以上の嫌がらせをさせたかったはずだ。国産米同士の入れ替えという調理次第で何とか誤魔化せる程度の偽装で終わったのは、良心の呵責に耐え兼ねた片桐が手加減したからだろう。

「調べるのは穂堂さんのためですか」
「当たり前だろ」

　愛社精神ではなく、あくまで穂堂のため。
　迷いなく答える阿志雄に、鍬沢は肩をすくめて笑った。

　　　　【片桐を騙した男　？？？ ？】