上 下
36 / 142
第4章 公然の秘密と謎の男

36話・ふたりきりになりたい

しおりを挟む



 有里村ありむら片桐かたぎりを連れて出て行った後、穂堂ほどう阿志雄あしおは居酒屋の個室に残り、肩を並べてスマホの画面に見入っていた。送られてきた写真のデータを共有し、男の顔を確認する。モテそうな外見の三十代半ばから後半くらいの青年である。とても女性を騙して悪事を働くようには見えない。

「本社に恨みがあるって、就活で落とされた逆恨みとかですかね?それか競合他社の人間か」
「本名が分かれば人事部で過去の面接記録を調べてもらえますが、他社の人は流石に……」

 写真の男が片桐に渡した名刺に書いてあった会社は架空のものだった。ならば名前も偽名だろう。念のため名刺も預かっている。

「自分でやらず、何も知らない女性に手を汚させた卑劣なやり方は許せません。それに、本社に悪意を向ける者を野放しにしておけないですね」
「同感です」

 本社に仇なす存在は許さない。
 珍しく険しい表情でスマホ画面に写る男を睨む穂堂の横顔を、阿志雄はやや複雑な気持ちで眺めていた。

 思えば、最初から穂堂は本社第一だった。
 友だちになりたいと申し出た時も『君が本社の役に立つのなら』と条件をつけてきた。やたらと年配社員に可愛がられているし、何故か社長から下の名前で呼ばれ、親しげにしている。先日出掛けた際に『家族に』と買った土産を社長に渡していた。

 彼が本社に尽くすのは何故か。
 社長との関係は一体何なのか。

 何ひとつ聞けないまま今に至っている。尋ねれば答えてくれるだろうが、仕事に関係のない話を振って穂堂に嫌われたくない。曖昧なまま、事実を明らかにしたくない気持ちもある。悩んでも仕方のないことで悶々とするのも時間の無駄だと分かっている。

 阿志雄は目線をスマホに戻し、写真を拡大して男の顔を再度確認した。

「……んん?」
「どうしました、阿志雄くん」
「なんか見たことあるような気がして」
「この男性に見覚えが?」
「う~~~ん、やっぱ気のせいかも?」

 スマホ画面を顔に近付けて見る。知り合いではないが、どこかで見たような気がする。それがいつの話か、どこだったかが全く思い出せない。単なる記憶違いかもしれない、と阿志雄は唸った。

鍬沢くわざわに調べてもらおうかな。写真しかないんじゃ無理かもしれないけど」

 阿志雄は鍬沢を便利屋か何かのように使うが、今回ばかりは情報が少な過ぎると自覚している。経歴も名前も不明、スナップ写真のような粗い画像しかない。見つかる可能性は限りなく低い。

「そうですね。では彼に連絡を……」
「アッ、オレから頼んでおくんで!」

 すかさず穂堂にそう申し出て、鍬沢との個人的なやり取りを妨害する。そうとは知らない穂堂は「ではお願いします」と素直に譲った。





「今日は驚きましたね。偶然とはいえ、まさか出先で片桐さんに会うとは思いませんでした」
「ですねぇ~……」

 居酒屋からの帰り、運転しながら穂堂が呟いた。

 本来ならば穂堂とふたりで食事に行くはずだったのだ。毎度毎度邪魔が入り、ふたりきりで過ごせる時間は行き帰りの車内のみ。運転中に気を散らすわけにもいかず、踏み込んだ話は出来ない。時折振られる話題に相槌を打つ程度。つまり、阿志雄が最も知りたいことを尋ねる機会がない。

 そうこうしているうちに車は阿志雄のアパート前に到着した。いつものように礼を言って降りようとするが、ふと思い立ち、隣に座る穂堂に声を掛けた。

「良かったら少し寄っていきません?」と。



     【営業部 阿志雄 真司あしお しんじ
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

処理中です...