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第4章 公然の秘密と謎の男
36話・ふたりきりになりたい
しおりを挟む有里村が片桐を連れて出て行った後、穂堂と阿志雄は居酒屋の個室に残り、肩を並べてスマホの画面に見入っていた。送られてきた写真のデータを共有し、男の顔を確認する。モテそうな外見の三十代半ばから後半くらいの青年である。とても女性を騙して悪事を働くようには見えない。
「本社に恨みがあるって、就活で落とされた逆恨みとかですかね?それか競合他社の人間か」
「本名が分かれば人事部で過去の面接記録を調べてもらえますが、他社の人は流石に……」
写真の男が片桐に渡した名刺に書いてあった会社は架空のものだった。ならば名前も偽名だろう。念のため名刺も預かっている。
「自分でやらず、何も知らない女性に手を汚させた卑劣なやり方は許せません。それに、本社に悪意を向ける者を野放しにしておけないですね」
「同感です」
本社に仇なす存在は許さない。
珍しく険しい表情でスマホ画面に写る男を睨む穂堂の横顔を、阿志雄はやや複雑な気持ちで眺めていた。
思えば、最初から穂堂は本社第一だった。
友だちになりたいと申し出た時も『君が本社の役に立つのなら』と条件をつけてきた。やたらと年配社員に可愛がられているし、何故か社長から下の名前で呼ばれ、親しげにしている。先日出掛けた際に『家族に』と買った土産を社長に渡していた。
彼が本社に尽くすのは何故か。
社長との関係は一体何なのか。
何ひとつ聞けないまま今に至っている。尋ねれば答えてくれるだろうが、仕事に関係のない話を振って穂堂に嫌われたくない。曖昧なまま、事実を明らかにしたくない気持ちもある。悩んでも仕方のないことで悶々とするのも時間の無駄だと分かっている。
阿志雄は目線をスマホに戻し、写真を拡大して男の顔を再度確認した。
「……んん?」
「どうしました、阿志雄くん」
「なんか見たことあるような気がして」
「この男性に見覚えが?」
「う~~~ん、やっぱ気のせいかも?」
スマホ画面を顔に近付けて見る。知り合いではないが、どこかで見たような気がする。それがいつの話か、どこだったかが全く思い出せない。単なる記憶違いかもしれない、と阿志雄は唸った。
「鍬沢に調べてもらおうかな。写真しかないんじゃ無理かもしれないけど」
阿志雄は鍬沢を便利屋か何かのように使うが、今回ばかりは情報が少な過ぎると自覚している。経歴も名前も不明、スナップ写真のような粗い画像しかない。見つかる可能性は限りなく低い。
「そうですね。では彼に連絡を……」
「アッ、オレから頼んでおくんで!」
すかさず穂堂にそう申し出て、鍬沢との個人的なやり取りを妨害する。そうとは知らない穂堂は「ではお願いします」と素直に譲った。
「今日は驚きましたね。偶然とはいえ、まさか出先で片桐さんに会うとは思いませんでした」
「ですねぇ~……」
居酒屋からの帰り、運転しながら穂堂が呟いた。
本来ならば穂堂とふたりで食事に行くはずだったのだ。毎度毎度邪魔が入り、ふたりきりで過ごせる時間は行き帰りの車内のみ。運転中に気を散らすわけにもいかず、踏み込んだ話は出来ない。時折振られる話題に相槌を打つ程度。つまり、阿志雄が最も知りたいことを尋ねる機会がない。
そうこうしているうちに車は阿志雄のアパート前に到着した。いつものように礼を言って降りようとするが、ふと思い立ち、隣に座る穂堂に声を掛けた。
「良かったら少し寄っていきません?」と。
【営業部 阿志雄 真司】
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