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第4章 公然の秘密と謎の男
34話・狙われていたのは
しおりを挟む温かい料理を口にして、片桐は気持ちが解れていくのを感じていた。事件が発覚した日から、いや、あんな真似をした時からずっと心の中に冷たい重石がのし掛かったようで、落ち着ける時間など一時もなかった。
まともに食事をとったのは何日ぶりだろうと考えて、手の中の器を見下ろす。あたたかな茶漬けに浮かぶ白飯を見て自分のしでかしたことを思い出し、片桐はまた涙をこぼした。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
器を置いて俯き、ただただ謝罪の言葉を繰り返す片桐の姿に、穂堂と阿志雄は顔を見合わせた。
片桐は犯罪に向いていない。職を追われたとはいえ警察沙汰にはならなかったのだから、なかったことにして新しい生活を楽しめばいい。それなのに、彼女は未だに罪の意識に苛まれている。巻き込んでしまった人々への自責の念か、はたまた違う感情か。
「……責任は追及しませんが、理由くらいは教えてくださってもいいのではないでしょうか」
まだ彼女は動機を明らかにしていない。どれだけ尋ねても謝るばかりだった、と穂堂は有里村から聞いている。片桐のようなごく普通の女性が何故あんな真似をしてしまったのか。理由が知りたい、知れば今後同じような事件を防げるかもしれない。そんな思いもあった。
「片桐さん、誰かに話すことで楽になることもあるんですよ。ひとりで抱えてたら潰れちまいます。ね?」
阿志雄が優しく声を掛ける。
先ほどの雑談で少しだけ心を開き掛けていた片桐は、阿志雄の言葉に小さく頷いた。自分でも分かっていたのだろう。もう既に罪悪感で押し潰され、限界が近いことに。
「……わたし、好きな人がいたんです」
ぽつりと片桐が呟いた。店内の喧騒に掻き消されそうな小さな声を聞き逃すまいと、穂堂たちは身体をテーブルに乗り出す。
「街コンで知り合った素敵な男性で、お話もうまくて、すぐに好きになりました。その日のうちに連絡先も交換して、何度か食事に行ったりして」
街コンとは、友達や恋人が欲しい男女が集まる街ぐるみのイベントである。出会いを求め、友人と参加したという。
何の話だ?と疑問に思いながらふたりは相槌を打ち、片桐に続きを促した。
「結婚を前提にお付き合いをと言われて舞い上がっちゃって。……でも、条件を出されたんです」
「条件?」
「……ケルストに、嫌がらせをしろって」
株式会社ケルストは穂堂と阿志雄が勤める会社名である。何故そこで出てくるのか意味が分からず、二人は揃って「は?」と間の抜けた声を上げた。
「何故そこで我が社が出てくるんですか」
「お互いの仕事について話をしてる時に取引先の話題になって、わたしがケルストの名前を挙げたんです。そうしたら、彼が急にそんなことを言い出して……」
「それで、従ってしまったんですね」
「……はい……」
そんなことを頼む男もだが、言いなりになって食品偽装をやらかしてしまう片桐もどうかと穂堂は頭を抱えた。
「いちばん最初に食品偽装をした後、彼にもうやめたいって言ったんです。でも、もっと派手にやれって……」
この言い争いをしている場面をアルムフードサービスの同僚が目撃したのだろう。街中で男に必死に縋り付いていたのは別れ話のもつれなどではなく、これ以上食品偽装をしたくないと訴えている姿だったのだ。やらねば縁を切ると言われ、彼女は更に偽装を続けてしまった。もし発覚しなかったら、コメ以外の食材も偽装されていたかもしれない。
片桐は三十手前の独身女性。年齢的なこともあって、彼女は結婚を焦っていた。そこに現れた気の合う素敵な男性。彼に気に入られようとした。
しかし、彼は何故か片桐の取引先のひとつに嫌がらせを強要した。自分との交際を条件として。
「取引先の話の時に出したのってウチの名前だけ?」
阿志雄が尋ねると、片桐は首を横に振った。
「いえ、他にも何社か挙げましたけど……」
「……そっか、なるほど」
今の言葉で確信した。
ただの偶然ではない。狙われていたのは最初から株式会社ケルストだったのだと。
【元ARM経理 片桐 芽依】
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