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第3章 就業時間外の過ごし方
27話・山菜そばと天ざるそば
しおりを挟むおばあちゃんと別れ、三人は神社を後にした。
「なんか葉っぱもらった。これなに?」
「これは明日葉ですね。セリ科の野菜です」
阿志雄が持っていたビニール袋を後部座席の鍬沢に手渡した。中には鮮やかな緑色をした葉がたくさん入っていた。張りのある葉と切り口を見れば、ついさっき摘まれたばかりだと分かる。
「変な匂いするけど食えるの?」
「火を通すと変わりますよ」
明日葉の独特の匂いは調理することで甘みに変化するが、生の状態では臭い。鍬沢は穂堂に頼んで車の窓を開けてもらい、ビニール袋の口を固く結んで匂いが漏れないようにした。
「さっきのばあちゃんに美味い蕎麦屋があるって教えてもらってさ。そろそろ昼だし、そこで食いません?」
「そうですね、そうしましょうか」
件の蕎麦屋は通り道沿いにあり、行きにも見掛けていたので迷わず辿り着くことが出来た。
田舎町の小さな蕎麦屋は年配の夫婦が切り盛りしており、三人は奥さんの案内で眺めの良い窓際の座敷に通された。穂堂と鍬沢は温かい山菜そば、阿志雄は天ざるそばを注文した。座布団に腰を下ろす前に上着を脱ぐ。
「お兄さんたちこの辺の人じゃないわねぇ」
「わかります?オレ今日初めて来ました」
「まあ、こんな何もない町に?」
「そこの山の神社に湧き水汲みに来たんです」
奥さんと世間話をするのは阿志雄だ。彼は相手が誰でもすぐに打ち解けることが出来る。今日あった出来事を簡潔に伝えると、奥さんはマナーの悪い来訪者の愚痴をこぼし、三人には偽看板の件で謝罪した。明日葉をくれたおばあちゃんとも仲が良いらしい。
「ウチのそば、そこの御霊泉使って打ってるのよ」
「へぇ、楽しみです」
注文した料理が来るまでの間、鍬沢はやや沈んだ表情で店の窓から見える山を眺めた。先ほどまで居た神社がある山だ。
「……ゴミ問題、なんとかなりませんかね」
「あの対策があっても、結局境内は散らかされてたもんなぁ」
興味本位でやってくる人々が山を荒らさぬよう境内に偽の水汲み場を作ったのは地元の住民たちだ。色々知恵を出し合った結果、無理なく出来る対策があれしかなかった。
「近くに住んでいれば何か手助けすることも出来たでしょうが、ここは遠いですからね。水を頂いたらお礼代わりに掃除をする、それくらいでいいんじゃないでしょうか」
「うーん、……そうですね」
話をしているうちにそばが運ばれてきた。
山菜そばにはワラビとなめこ、揚げ玉。極細の刻み海苔が湯気に煽られ、ふわふわと揺れている。
天ざるそばの天ぷらは別皿に盛られている。海老、たけのこ、タラの芽、新玉ネギと人参のかき揚げ、それと謎の緑の葉と茎。具材によって衣の厚さが調節されている。
「これは明日葉の天ぷらよ」
「へぇ、これが」
阿志雄は早速明日葉の天ぷらに箸を伸ばし、天つゆに端を浸す。サクッと歯切れのよい衣を噛めば、ほろ苦い味が口内に広がった。生の明日葉にあった独特の油臭さは無く、むしろ香りは良い。葉と茎は別々に揚げられており、それぞれ違った食感が楽しめる。
「明日葉って美味いんだな」
「栄養価も高いし身体にいいのよ~」
穂堂と鍬沢も山菜そばに舌鼓を打っている。そばとつゆに御霊泉が使われているということで、ひと口ひと口を味わって食べ進める。丁寧に下処理されたワラビはえぐみもなく、シャキシャキとした食感がそばの美味さを引き立てていた。
「また来たいですね」
「また来ましょう」
食べ終えた三人は余韻を味わいながら蕎麦屋を出て帰路についた。
休憩に寄った高速道路のサービスエリアで、鍬沢は茶葉や漬け物といったこの地方の名物を買い漁っていた。つられて阿志雄たちも土産物コーナーを物色する。
穂堂は売り場に積まれたまんじゅうの箱を眺めながら購入を迷っていた。
「おみやげ買おうかな」
「いいですね、家族にですか?穂堂さん」
「……、……ええ」
「オレもなんか買おっかな。今日の記念に」
穂堂が見せた微妙な反応を阿志雄は見逃さなかったが、気付かないふりをして話を続けた。
【総務部 穂堂 徹】
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