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第3章 就業時間外の過ごし方
20話・美味しい料理と気になる話
しおりを挟む駅前から一本奥の通りにあるこじんまりとした造りの洋食屋。そこが今日の食事の場となった。
駐車場に車を停め、店内へと入る。
ダークブラウンの木製扉を押し開けると、解放的な梁見せ天井が目に入った。真っ白な漆喰の壁に等間隔に造られた飾り棚。そこに置かれた小さな立体額には色鮮やかなプリザーブドフラワーが飾られている。扉や梁の色と合わせ、テーブルや椅子もダークブラウンで統一されており、シンプルながら小洒落た内装である。まだ時間が早いからか、店内にいる客はまばらだ。
出迎えてくれた店員に穂堂が名前を告げると、一番奥のテーブルに案内された。二人揃って奥へ進むと、そこには見知った女性が待っていた。
「こんばんは穂堂さん、阿志雄さん」
「有里村さん、こんばんは」
先にテーブルに着いていたのはアルムフードサービスの女社長、有里村瑛里華だった。タイトな膝丈ワンピースにノーカラーのジャケットを羽織っている。
「先日は本当にありがとうございました。おかげさまで会社も落ち着いてきました」
「それは何よりです」
二人の会話を聞きながら、阿志雄はなるほどと納得した。今日の食事は元々予定されていたお詫びの席であり、自分がそこに割り込んだ形なのだと。逆に、割り込まなければ、二人きりで食事をしていたということだ。
「苦手な食材はありますか?」
「私は大丈夫です」
「オレも好き嫌いはないです」
「では変更なしで運んでもらいますね」
有里村も穂堂も車で来ているため、飲み物はワインではなくミネラルウォーターを注文する。すぐにディナータイム限定のコース料理が運ばれてきた。
まずは前菜。大きめの皿の中央に魚介のテリーヌが鎮座し、周りを飾るように色とりどりの野菜とバジルソースが添えられている。
「ここのお料理は美味しいんですよ。お祝いの日の食事は絶対ここって決めてるくらい」
「そうなんですね、楽しみです」
会話を楽しみながらスープ、メインの仔牛肉のローストと食べ進めていく。略式のコース料理は品数が少なく、テーブルマナーに不慣れな阿志雄でも気負わず味わって食べることが出来た。
食後のコーヒーとデザートの段階で、有里村が「片桐さんのことなんですが」と話を切り出した。片桐とは、アルムフードサービスの元経理担当の女性で食品偽装事件の犯人である。今回の本題はむしろこちらなのだろう。
「彼女の気になる話を聞きまして」
「なんでしょう」
「片桐さんにはお付き合いしてる男性がいたようなんです。同僚の子が街で偶然見掛けたんですが、それがどうも普通の様子ではなかった、と」
「普通ではない?」
「どういうことですか」
首を傾げる穂堂に代わり、阿志雄が更に尋ねると、有里村は表情を暗くした。
「片桐さんは往来にも関わらず、必死にその男性に縋り付いていたんですって。別れ話のもつれかもしれませんが、見掛けたという時期が事件発覚の数日前だったので、何か関わりがあるんじゃないかと」
「それは気になりますね」
「会社のお金を横領したわけでもないし、彼女にとって一円の得もない事件だったんです。……いえ、私が彼女以外の存在に原因を見出したいだけかもしれません」
ただの痴話喧嘩には見えない状況だったのだろう。犯行理由を明かさなかったのは交際相手とやらに迷惑がかかるからか。有里村は長年信頼していた部下をこんな形で失い、まだ納得出来ていないようだった。
結局、片桐の動機は分からないまま。
食事代は有里村が支払い、店の前で解散となった。
「では、アパートまで送りますね」
「すみません、お願いします」
阿志雄は再び穂堂の車の助手席に座った。
「今日はありがとうございました。流石に有里村さんと二人で会うのは避けたかったので助かりました」
「役に立てたなら良かったです」
事件解決のお礼とはいえ、自分に好意を抱いている女性と夜に二人きりで会うことに抵抗があったらしい。それを聞いて阿志雄は安堵した。
「鍬沢は誘わなかったんですか」
「あいにく断られまして」
「そうですか」
阿志雄から誘わずとも穂堂は声を掛けてきたかもしれない。だが、もし鍬沢が了承していれば別だ。顔を合わせる頻度が低いと優先順位が低くなる。やはり早急に個人の連絡先を交換するべきだ、と阿志雄は決意を新たにした。
【AFS社長 有里村 瑛里華】
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