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第3章 就業時間外の過ごし方

19話・定時後に待ち合わせ

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 思い立ったが吉日。雑務で本社内を走り回っている穂堂ほどうを捕まえ、食事に誘ってみたところ、すぐに了承してもらえた。

「いいですよ。行きましょうか」
「やった!オレはいつでもいいんで」
「君にもお礼をしたかったので丁度良かったです。では、詳しい話はまた後で」

 そう言い残し、穂堂はまた誰かに呼ばれてどこかへ行ってしまった。通路のど真ん中に置いて行かれた阿志雄あしおは、嬉しさと同じくらい複雑な心境で後ろ姿を見送った。


 ──君にもお礼をしたかったので


 先日の食品偽装事件の解明に手を貸したのは、憧れの先輩・伊賀里いがりとの思い出の味を取り戻したい気持ちもあった。だが、どちらかといえば、穂堂の役に立ちたい気持ちの方が大きかった。
 もし貸し借りがなくなってしまったら、話し掛ける切っ掛けすらなくなるんじゃないかと不安に駆られた。

「……いや、友だちになったんだよな?友だちならメシくらい普通に行くよな?」

 とはいえ、まだ個人の連絡先も知らない。
 同じ会社で働いているのに部署が違えば顔を合わせる機会もない。現に、この一週間まったく会えなかった。その間に鍬沢くわざわのほうが仲良くなっていたという事実にショックを受けている。

 もっとプライベートに関わりたい。
 もっと彼と一緒に過ごしたい。

 僅かな間にここまで穂堂に執着するようになるとは阿志雄自身も予想していなかった。

 それから一時間後、営業部のブースに設置されている複合機のトナー交換に来た穂堂からメモを手渡しされた。『定時で上がったら裏の駐車場に来るように。都合が悪ければ早めに連絡を』と綺麗な字で書かれている。
 それを見た瞬間、阿志雄は小さくガッツポーズをし、溜まっていたメールの返信を光の速さで終わらせた。





「穂堂さん、お待たせしました!」
「勝手に決めてすみません。大丈夫でしたか」
「全然。なんの予定もないんで!」

 もし仕事が残っていたとしても同僚に任せて来るくらいの意気込みだったが、仕事を第一に考える穂堂から嫌われる気がして黙っておく。実際、ここ一週間忙殺されていたおかげで今日は本当に仕事は残っていない。

 駐車場の一番端に穂堂の愛車のステーションワゴンが止められている。型はやや古いが、よく手入れされていて車体に目立った汚れはない。促され、阿志雄は助手席に座った。

「意外ですね、もっとコンパクトな車に乗ってるかと思いました」
「広い車は便利ですよ。飲み会で潰れた社員を家まで送ったりとか」
「あー……その節はご迷惑を」
「構いませんよ、仕事の内ですから」

 歓迎会で酔い潰れた阿志雄をアパートまで送ってくれたのは穂堂だ。阿志雄は全く覚えていないが、その時もこの車に乗っている。
 社員を送るのも仕事の内と彼は言うが、飲み会は就業時間外だ。幾ら総務が雑務担当とはいえ、普通はそこまでしてやる義理はない。自分以外の社員も送ってやったことがあるのかと考えると、阿志雄は落ち着かない気持ちになった。

 夕暮れ時の道路は近隣の会社や工場からの帰宅途中の車でやや混んでいる。運転する穂堂を横目で見ながら話し掛ける。

「この辺りは車で通勤する人が多いですね」
「田舎は車がないと何も出来ませんから。特に本社は最寄りのバス停や駅からも離れてますし」
「確かに」

 阿志雄も毎日バス停から会社までの長い道のりを歩いて出社している。普段は気にならないが、悪天候だと一苦労だ。
 一応自動車の運転免許は所持しているが、阿志雄は自分の車を持っていない。これまで公共交通機関のアクセスが良い東京支社に勤務していて必要がなかったからだ。もし本社に長く勤めるつもりなら車を買うという選択もある。

「そういや、今からどこに行くんですか」
「駅前に美味しい洋食屋があるそうなんです。予約を取ってもらいましたので、今日はそこで」
「へえ、楽しみです!」

 笑顔で答えてから、阿志雄は首を傾げる。

「……?」

 誰に、と聞けぬまま車は目的の店の駐車場に到着した。



      【総務部 穂堂 徹ほどう とおる
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