19 / 142
第3章 就業時間外の過ごし方
19話・定時後に待ち合わせ
しおりを挟む思い立ったが吉日。雑務で本社内を走り回っている穂堂を捕まえ、食事に誘ってみたところ、すぐに了承してもらえた。
「いいですよ。行きましょうか」
「やった!オレはいつでもいいんで」
「君にもお礼をしたかったので丁度良かったです。では、詳しい話はまた後で」
そう言い残し、穂堂はまた誰かに呼ばれてどこかへ行ってしまった。通路のど真ん中に置いて行かれた阿志雄は、嬉しさと同じくらい複雑な心境で後ろ姿を見送った。
──君にもお礼をしたかったので
先日の食品偽装事件の解明に手を貸したのは、憧れの先輩・伊賀里との思い出の味を取り戻したい気持ちもあった。だが、どちらかといえば、穂堂の役に立ちたい気持ちの方が大きかった。
もし貸し借りがなくなってしまったら、話し掛ける切っ掛けすらなくなるんじゃないかと不安に駆られた。
「……いや、友だちになったんだよな?友だちならメシくらい普通に行くよな?」
とはいえ、まだ個人の連絡先も知らない。
同じ会社で働いているのに部署が違えば顔を合わせる機会もない。現に、この一週間まったく会えなかった。その間に鍬沢のほうが仲良くなっていたという事実にショックを受けている。
もっとプライベートに関わりたい。
もっと彼と一緒に過ごしたい。
僅かな間にここまで穂堂に執着するようになるとは阿志雄自身も予想していなかった。
それから一時間後、営業部のブースに設置されている複合機のトナー交換に来た穂堂からメモを手渡しされた。『定時で上がったら裏の駐車場に来るように。都合が悪ければ早めに連絡を』と綺麗な字で書かれている。
それを見た瞬間、阿志雄は小さくガッツポーズをし、溜まっていたメールの返信を光の速さで終わらせた。
「穂堂さん、お待たせしました!」
「勝手に決めてすみません。大丈夫でしたか」
「全然。なんの予定もないんで!」
もし仕事が残っていたとしても同僚に任せて来るくらいの意気込みだったが、仕事を第一に考える穂堂から嫌われる気がして黙っておく。実際、ここ一週間忙殺されていたおかげで今日は本当に仕事は残っていない。
駐車場の一番端に穂堂の愛車のステーションワゴンが止められている。型はやや古いが、よく手入れされていて車体に目立った汚れはない。促され、阿志雄は助手席に座った。
「意外ですね、もっとコンパクトな車に乗ってるかと思いました」
「広い車は便利ですよ。飲み会で潰れた社員を家まで送ったりとか」
「あー……その節はご迷惑を」
「構いませんよ、仕事の内ですから」
歓迎会で酔い潰れた阿志雄をアパートまで送ってくれたのは穂堂だ。阿志雄は全く覚えていないが、その時もこの車に乗っている。
社員を送るのも仕事の内と彼は言うが、飲み会は就業時間外だ。幾ら総務が雑務担当とはいえ、普通はそこまでしてやる義理はない。自分以外の社員も送ってやったことがあるのかと考えると、阿志雄は落ち着かない気持ちになった。
夕暮れ時の道路は近隣の会社や工場からの帰宅途中の車でやや混んでいる。運転する穂堂を横目で見ながら話し掛ける。
「この辺りは車で通勤する人が多いですね」
「田舎は車がないと何も出来ませんから。特に本社は最寄りのバス停や駅からも離れてますし」
「確かに」
阿志雄も毎日バス停から会社までの長い道のりを歩いて出社している。普段は気にならないが、悪天候だと一苦労だ。
一応自動車の運転免許は所持しているが、阿志雄は自分の車を持っていない。これまで公共交通機関のアクセスが良い東京支社に勤務していて必要がなかったからだ。もし本社に長く勤めるつもりなら車を買うという選択もある。
「そういや、今からどこに行くんですか」
「駅前に美味しい洋食屋があるそうなんです。予約を取ってもらいましたので、今日はそこで」
「へえ、楽しみです!」
笑顔で答えてから、阿志雄は首を傾げる。
「……予約を取ってもらった?」
誰に、と聞けぬまま車は目的の店の駐車場に到着した。
【総務部 穂堂 徹】
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
アダルトショップでオナホになった俺
ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。
覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。
バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。
※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
ペットボトルはミルクティーで 〜呉服屋店長は新入社員に狙われてます!〜
織緒こん
BL
pixivより改題して転載しています。(旧題『干支ひとまわりでごめんなさい〜呉服屋店長ロックオン〜』)
新入社員 結城頼(23)×呉服屋店長 大島祥悟(35)
中堅呉服店の鼓乃屋に勤める大島祥悟(おおしましょうご)は、昇格したばかりの新米店長である。系列店でも業績のいい店舗に配属されて、コツコツと仕事をこなしながら、実家で父が営むカフェの手伝いをする日々。
配属先にはパワハラで他店から降格転勤してきた年上の部下、塩沢(55)と彼のイビリにもめげない新入社員の結城頼(ゆうきより)がいた。隙あらば一番の下っ端である結城に仕事を押し付け、年下店長を坊や扱いする塩沢の横暴に、大島は疲れ果て──
sugar sugar honey! 甘くとろける恋をしよう
乃木のき
BL
母親の再婚によってあまーい名前になってしまった「佐藤蜜」は入学式の日、担任に「おいしそうだね」と言われてしまった。
周防獅子という負けず劣らずの名前を持つ担任は、ガタイに似合わず甘党でおっとりしていて、そばにいると心地がいい。
初恋もまだな蜜だけど周防と初めての経験を通して恋を知っていく。
(これが恋っていうものなのか?)
人を好きになる苦しさを知った時、蜜は大人の階段を上り始める。
ピュアな男子高生と先生の甘々ラブストーリー。
※エブリスタにて『sugar sugar honey』のタイトルで掲載されていた作品です。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる