【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

文字の大きさ
上 下
18 / 142
第3章 就業時間外の過ごし方

18話・1週間ぶりの社員食堂

しおりを挟む



 食品偽装事件から一週間、阿志雄あしおは仕事に忙殺されていた。取引先からの急な仕様変更が主な原因で、持ち前の交渉力で何とか山場を乗り切った。その間は取引先と商品開発部との往復ばかりで、ずっと穂堂ほどうに会えていない。
 要するに、阿志雄は禁断症状に陥っていた。

「やっと終わったぁ~……」

 朝から打ち合わせに出掛け、本社に戻ってこれたのは午後二時前。フラつく足取りで社員食堂に向かえば利用者はほとんどおらず、片付けの真っ最中だった。

「あら阿志雄くん。お昼ゴハンまだなの?」
「食べてない~。なんかあります?」
「いま用意するから待っててね」

 食堂のおばちゃん、和地わじが気付いて声を掛けた。阿志雄が食堂を訪れたのはあの一件以来だ。
 すぐに温かな料理がのったトレイが運ばれてきた。本来ならばカウンターまで取りに行かねばならないが、あまりにも疲れた様子を見兼ね、和地がテーブルまで運んでくれたのだ。

「すいません、ありがとうございます」
「ゆっくり食べてね」
「いただきます」

 今日のメインは豚の生姜焼き。ほうれん草のお浸しと赤だしのみそ汁、漬け物がセットになった定食だ。茶碗に盛られた白飯が輝いている。

「みんなのおかげで定食メニューが出せるようになったのよ。どう?」
「うまいっす」

 甘辛いタレがたっぷり掛かった厚めの豚肉は食べやすい大きさにカットされている。付け合わせの千切りキャベツと一緒に口に放り込めば、シャキシャキとした食感と共に肉の甘みと旨味が滲み出て白飯がよく進む。
 和地が選んだ米『きたにしき』は丁寧に炊かれたことで一粒一粒が立ち、噛めば噛むほどに甘みが出て、どんなおかずにもよく合う。食通でも何でもない阿志雄にも分かる。これは三年前、本社研修の時に食べた懐かしい味だと。

「あれ以来、穂堂さんと鍬沢くわざわくんが揃って食べに来てくれるようになったのよ。部署は違うけど仲良くなったみたい。今日も一緒だったわ」
「へぇ~……エッ?」

 そのまま和地は明日の仕込みのため調理場へと戻っていった。ひとり食堂内に残された阿志雄はまず箸を置き、懐から会社支給携帯を取り出した。

『──なんですか阿志雄さん』

 電話の相手は鍬沢だ。抑揚のない、悪く言えばやる気の感じられない声が聞こえる。周囲の声やカタカタとキーボードを打つ音がするところをみると、仕事をしながらハンズフリーで通話しているのだろう。
 普段とまったく変わらぬ様子に逆に苛立ちを覚え、阿志雄は口を尖らせた。

「おまえさぁ、オレを差し置いてなんで穂堂さんと仲良くなっちゃってんの?ズルくない?なんでオレに声掛けないワケ?」

 口をついて出るのは恨み言のみ。一方的に文句を言われ、電話の向こうの鍬沢は『また仕事に関係ない話か』とボヤきながら溜め息を吐き出している。

『居なかったのはそっちじゃないですか』
「そうだけどさぁ!」
『てゆーか、僕いま社内システムの保守作業で忙しいんでもう切りますよ』
「ちょ、待て鍬沢!話はまだ……」

 通話はそこで途切れた。仕事に関係のない話を会社支給携帯でしようとした阿志雄が全面的に悪い。

「くっそ、アイツめ」

 阿志雄は転勤二日目に一緒に親子丼を食べただけで、それ以降は穂堂と食事をしたことがない。
 営業職は打ち合わせで社外に出る機会が多い。株式会社ケルスト本社は地方都市の郊外にあり、取引先の大半は遠く、移動だけで時間を取られてしまう。今日は早く帰社出来たほうだ。鍬沢のように昼休みに時間を合わせて一緒にランチを食べること自体が難しい。

「……晩メシに誘ってみようかな」

 断られたらどうしようと思いながら、阿志雄は会社支給携帯の画面に表示された穂堂の名前を眺めた。



     【営業部 阿志雄 真司あしお しんじ

しおりを挟む
▼▽▼ みやこ嬢のBL作品はこちら ▼▽▼

《 最新作!大学生同士のえっちな純愛 》
お付き合いはお試しセックスの後で。

《 騎士団長と貴族の少年の恋 》
侯爵家令息のハーレムなのに男しかいないのはおかしい

《 親友同士の依存から始まる関係 》
君を繋ぎとめるためのただひとつの方法

《 異世界最強魔法使い総受 》
魔王を倒して元の世界に帰還した勇者パーティーの魔法使い♂が持て余した魔力を消費するために仲間の僧侶♂を頼ったら酷い目に遭っちゃった話

《 ダンジョン探索で深まる関係 》
凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕
感想 10

あなたにおすすめの小説

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

泡沫でも

カミヤルイ
BL
BL小説サイト「BLove」さんのYouTube公式サイト「BLoveチャンネル」にて朗読動画配信中。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...