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第3章 就業時間外の過ごし方
18話・1週間ぶりの社員食堂
しおりを挟む食品偽装事件から一週間、阿志雄は仕事に忙殺されていた。取引先からの急な仕様変更が主な原因で、持ち前の交渉力で何とか山場を乗り切った。その間は取引先と商品開発部との往復ばかりで、ずっと穂堂に会えていない。
要するに、阿志雄は禁断症状に陥っていた。
「やっと終わったぁ~……」
朝から打ち合わせに出掛け、本社に戻ってこれたのは午後二時前。フラつく足取りで社員食堂に向かえば利用者はほとんどおらず、片付けの真っ最中だった。
「あら阿志雄くん。お昼ゴハンまだなの?」
「食べてない~。なんかあります?」
「いま用意するから待っててね」
食堂のおばちゃん、和地が気付いて声を掛けた。阿志雄が食堂を訪れたのはあの一件以来だ。
すぐに温かな料理がのったトレイが運ばれてきた。本来ならばカウンターまで取りに行かねばならないが、あまりにも疲れた様子を見兼ね、和地がテーブルまで運んでくれたのだ。
「すいません、ありがとうございます」
「ゆっくり食べてね」
「いただきます」
今日のメインは豚の生姜焼き。ほうれん草のお浸しと赤だしのみそ汁、漬け物がセットになった定食だ。茶碗に盛られた白飯が輝いている。
「みんなのおかげで定食メニューが出せるようになったのよ。どう?」
「うまいっす」
甘辛いタレがたっぷり掛かった厚めの豚肉は食べやすい大きさにカットされている。付け合わせの千切りキャベツと一緒に口に放り込めば、シャキシャキとした食感と共に肉の甘みと旨味が滲み出て白飯がよく進む。
和地が選んだ米『きたにしき』は丁寧に炊かれたことで一粒一粒が立ち、噛めば噛むほどに甘みが出て、どんなおかずにもよく合う。食通でも何でもない阿志雄にも分かる。これは三年前、本社研修の時に食べた懐かしい味だと。
「あれ以来、穂堂さんと鍬沢くんが揃って食べに来てくれるようになったのよ。部署は違うけど仲良くなったみたい。今日も一緒だったわ」
「へぇ~……エッ?」
そのまま和地は明日の仕込みのため調理場へと戻っていった。ひとり食堂内に残された阿志雄はまず箸を置き、懐から会社支給携帯を取り出した。
『──なんですか阿志雄さん』
電話の相手は鍬沢だ。抑揚のない、悪く言えばやる気の感じられない声が聞こえる。周囲の声やカタカタとキーボードを打つ音がするところをみると、仕事をしながらハンズフリーで通話しているのだろう。
普段とまったく変わらぬ様子に逆に苛立ちを覚え、阿志雄は口を尖らせた。
「おまえさぁ、オレを差し置いてなんで穂堂さんと仲良くなっちゃってんの?ズルくない?なんでオレに声掛けないワケ?」
口をついて出るのは恨み言のみ。一方的に文句を言われ、電話の向こうの鍬沢は『また仕事に関係ない話か』とボヤきながら溜め息を吐き出している。
『居なかったのはそっちじゃないですか』
「そうだけどさぁ!」
『てゆーか、僕いま社内システムの保守作業で忙しいんでもう切りますよ』
「ちょ、待て鍬沢!話はまだ……」
通話はそこで途切れた。仕事に関係のない話を会社支給携帯でしようとした阿志雄が全面的に悪い。
「くっそ、アイツめ」
阿志雄は転勤二日目に一緒に親子丼を食べただけで、それ以降は穂堂と食事をしたことがない。
営業職は打ち合わせで社外に出る機会が多い。株式会社ケルスト本社は地方都市の郊外にあり、取引先の大半は遠く、移動だけで時間を取られてしまう。今日は早く帰社出来たほうだ。鍬沢のように昼休みに時間を合わせて一緒にランチを食べること自体が難しい。
「……晩メシに誘ってみようかな」
断られたらどうしようと思いながら、阿志雄は会社支給携帯の画面に表示された穂堂の名前を眺めた。
【営業部 阿志雄 真司】
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