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第2章 疑惑の社員食堂

17話・新たな信奉者

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 後日、アルムフードサービスの女社長、有里村ありむらが改めてお詫びに来た。幾ら警察沙汰にはしないと言っても迷惑を掛けた事実に変わりはない。株式会社ケルスト側からは経理部部長の加津瀬かつせ、総務の穂堂ほどうが対応した。
 謝罪を受け入れ、食材の差額分を受け取り、この件は終わるはずだったのだが……

「今でも片桐かたぎりさんが何故あんなことをしたのか分からないんです。何度聞いても泣いて謝るばかりで教えてくれなくて。お金に困っていたわけではないですし」

 主犯である片桐の動機が明らかにならず、有里村はまだ納得出来ていない様子だった。片桐は三十手前の独身女性。経理担当という肩書きだが、アルムフードサービスの実質的な副社長の地位にいた。給料が安いわけではないし、借金も無いという。
 得意先と下請け、従業員を巻き込んだ今回の事件はハッキリ言って金額に見合わない。『金目当てでやった』とでも自供があれば別だが、何故か理由に関しては黙秘を続けている。

「やっぱり、お金以外に目的があったんじゃないかって……」

 それは穂堂も感じていた。
 しかし、当人が口を閉ざしている以上、幾ら考えても分からない。

 下請けの食材卸し業者にも直接出向いて謝罪をした。有里村の指示だと片桐から聞かされていたオジさんたちは、事情を知って許してくれたという。

「オジさんたちは母の代からの付き合いなんです。でも、最近は直接顔を合わせることもほとんど無くなってて……ずっとお世話になっているのに礼儀を欠いてしまいました」

 これからは取引先だけでなく、下請けや従業員たちと直接語り合い、行き違いのないように努めていきたいと有里村は語った。





 夕方、ひと気のなくなった食堂に今回の件に関わったメンバーが集まっていた。

「ホントにありがとう。これでまた社員のみんなに美味しいお昼ゴハンを食べてもらえるわ!」

 問題が無事解決して、食堂のおばちゃん、和地わじは嬉しそうだ。
 下手をすれば解雇されるかもしれない。万全の料理を出してあげられない。そんな悩みをひとりで抱えていたのだ。無事解決して注文通りの食材が届けられるようになり、彼女は心から喜んでいた。

「有里村さんて社長にしては若いですよね」
「先代の、有里村社長のお母さんは早々に引退しちゃったからね。今頃は田舎でのんびり暮らしてるんじゃないかしら」

 阿志雄あしおの疑問に和地が答える。

「アルムフードサービスは先代社長が女性の働く場所を開拓するために作られた会社なのよ。わたしが若い頃は『女は家庭に入るべき』みたいな考えが当たり前の社会だったから勤め先なんか無くてねぇ。あっても安い賃金で働かされてばっかりで。働く女性の地位向上のために頑張ってる方だったわ」

 懐かしむように語る和地の言葉に、先代との間に長年積み重ねてきた信頼を感じる。娘である現社長とも今回の件を切っ掛けに交流が持てた。これからはきっと良い方向に向かうだろう。

「それでね、嬉しいからオヤツ作っちゃった。良かったらみんな食べていってね」
「わあ、プリンだ!いただきます!」
「これは美味しそうですね」
「……む」

 出されたのは、深めの皿に乗ったプリン。美しい円錐台に固められたプリンにたっぷりのカラメルソースが掛けられている。スプーンを差し込んでみれば、見た目に反してずっしりと重い。やや固めに作られたプリンは中に気泡もなく舌触りも滑らか。たまご本来の風味は全く損なわれていない。それと香り。バニラエッセンスで香り付けする方法が一般的だが、和地のプリンに入れられているのは料理の隠し味にも使われているメープルシロップ。そのぶん砂糖の量を控えているので甘過ぎず、ほろ苦いカラメルソースと相まって素朴な味わいと香りが楽しめる一品となっている。

 あまりの美味さに、阿志雄は一気に食べ終えてしまった。穂堂はちびちびと、しかし確実に食べ進めている。表情は変わらないが気に入ったようだ。

「……これは」

 ひと口食べて、鍬沢くわざわが驚愕した。
 食にこだわりのある彼は普段自分で作った弁当を持参しており、まだ和地の料理を食べたことがない。正直なところ、彼は社員食堂というものを舐めていた。東京支社の社員食堂はコスパ重視で不味い料理しか出していない。彼が会社に弁当を持参するようになったのもそのせいだ。
 しかし、このプリンを食べて認識が変わった。

「調理の合間に作ってみたんだけど、お口に合ったようで良かったわ」
「これを片手間で?」

 和地の言葉に食い気味に聞き返す鍬沢。それほどまでに和地の作ったプリンが美味だったのだろう。そして、空き時間にあり合わせの材料で作ったものがこんなに美味いのなら、他の料理も美味いに違いないと確信した。

「……僕、明日から社員食堂で食べようかな」

 カラメルソースがわずかに残る皿を名残惜しそうに見つめながら、鍬沢がぽつりと呟いた。その頬はやや赤く染まっている。

「おお、鍬沢がデレた」
「彼も和地さんの支配下に……」
「穂堂さん、言い方!!」

 夕暮れ時の社員食堂に、どっと笑いが起きた。




~ 令和コメ騒動編 完 ~


    【情報システム部 鍬沢 明くわざわ  あきら
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