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第2章 疑惑の社員食堂

16話・手のひらの上

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 結局、片桐かたぎりはそれ以上口を割らなかった。
 しかし悪事の証拠は揃っている。雇い主である有里村ありむらはその場で警察を呼ぼうとしたが、穂堂ほどうが止めた。

「通報してマスコミに取り上げられてしまったらアルムフードサービスの評判が下がってしまいます。そうすれば提携先から業務委託を切られる可能性もある。派遣されている従業員たちのことも考えてください」
「で、でも」
「幸い被害は我が社だけです。今後このようなことがなければそれで構いません。あまり事を大きくしたくはありませんので」

 食品偽装の事実が明るみに出れば、責任を取るのはアルムフードサービスだけでない。片桐に命じられたとはいえ、実際に偽装工作をした食材卸し業者も罪に問われてしまう。他の取引先からの信頼も地に落ちる。
 穂堂に諭され、有里村は無理やり自分を納得させた。

 片桐は解雇となった。
 有里村より二つ年下の彼女は優秀な社員で、アルムフードサービスの経理を一手に引き受けていた。周りが全く今回の件に気付けなかったのもそのせいだ。和地わじからの問い合わせに対し、冷たくあしらったのも片桐だ。

 有里村はすぐさま食堂へ向かい、仕込みをしていた和地に頭を下げて謝罪した。穂堂から掻い摘んだ事情を聞いた和地はホッと息をついて笑顔を見せた。

「良かった。社長の御意志じゃなかったんですね。わたし、怖くて確認できなくて」
「本当にごめんなさい。私がしっかりしていなかったからだわ。母の代から勤めて下さってる和地さんに心労と迷惑を掛けてしまって……それに、ケルストの皆さんにも」

 実際の米よりはるかにランクの下がったものを提供されていたのだ。しかし気付いたのは阿志雄あしおのみ。他の社員は恐らく誰も気付いていない。

「今後このようなことが起きないように対策を講じます。失った信頼を取り戻せるよう精一杯努めさせていただきます」
「よろしくお願い致します。それと、急ぎではありませんが休憩所レストスペースの件も」

 穂堂の言葉に有里村が固まった。

「あ、あれは私や片桐さんをこちらに招くためのフェイクではなかったんですか?」
「いえ、元々考えていたことです。たまたま今回の件と被ってしまいましたが」

 アルムフードサービスの営業所に入り込むための口実ではなかったと聞き、有里村はその場にしゃがみ込んだ。顔を両手で覆い隠し、肩を震わせている。

「こんな駄目な私に任せていいんですか……」
「ええ、信頼しておりますから」
「穂堂さん、ありがとうございます……っ」

 ついに有里村は泣き出してしまった。
 彼女は信頼していた部下に裏切られ、古くから勤める従業員たちに辛い思いをさせ、何も知らずにのうのうと過ごしていた自分を恥じている。そんな自分を見捨てず、また仕事を任せてくれる穂堂に申し訳なさと感謝の気持ちがこみ上げているのだろう。

 有里村を見送ってから、阿志雄は大きく息をついた。半ば呆れたような表情で穂堂を睨む。

「あんな優しくしたら勘違いされますよ」
「勘違いでも構いません。これで彼女は我が社に恩が出来た。今後は更に良い仕事をしてくれるでしょう」

 平然と返す穂堂に、鍬沢くわざわが顔を引きつらせた。

「あの女社長も手のひらの上ですか」
「気の毒と言やぁ気の毒だな」

 あれほど露骨に好意を向けられていたのだ。穂堂は有里村の気持ちに気付いていないわけではなかった。その上で彼女に恩を着せ、決して裏切らない取引先を得た。信頼しているという言葉に嘘はないが、すべては大事な会社のため。

「阿志雄さんもそうなんじゃないですか」
「それでもいいんだよ。穂堂さんが喜んでくれるならな」
「……うわ。ガチのやつだ」
「うるさいな、引いてんじゃねーよ」

 笑いながら軽口を叩き合う阿志雄と鍬沢の姿を見て、穂堂は自然と口元をゆるめて笑った。


      【総務部 穂堂 徹ほどう とおる


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