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第2章 疑惑の社員食堂
15話・犯人の正体
しおりを挟む空き部屋の壁に映し出された映像を呆然と眺める有里村に、すぐそばに立つ穂堂が声を掛ける。
「どうされました。彼らをご存知ですか?」
「も、もちろん知ってるわ。母さんが社長だった頃からウチの下請けで働いてくれてる人たちだもの」
映像はまだ続いているが、酔いが回り過ぎたせいかもう彼らの発する言葉は呻き声だけ。心のうちに抑え込んでいた不平不満を吐き出したことで気が緩んだのだろう。そのまま飲み屋のテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
「でも、なんなの?入れ替えるってなに?」
「……」
誰に問うわけでもない有里村の呟きが薄暗い空き部屋に響く。
そのうちに映像が切り替わり、壁一面に書類らしき画像が表示された。プロジェクターを操作しているのは鍬沢だ。
「こちらはアルムフードサービスから下請けの食材卸し業者に発注した食材の一覧です。先月から何故かブランド米『きたにしき』の発注が『ななひかり』の古米に変わっていますよね。それなのに、我が社に納品された米のパッケージは『きたにしき』のまま。ちなみに、我が社に派遣されている調理師、和地さんが注文している米の銘柄は数年前からずっと『きたにしき』です。……どこで和地さんの注文が変更されたのでしょうか」
「えっ!?」
鍬沢の説明に、有里村が驚きの声をあげた。
「そして、これが件の食材卸し業者が仕入れた食材と在庫状況一覧です。納品書によれば我が社に『きたにしき』を納めたはずなのに在庫に残っていますね。しかし何故か『ななひかり』の在庫が減っている。我が社の食堂に届いた米のパッケージは『きたにしき』だったのに、おかしいですね?」
プロジェクターの置かれた長机で淡々と説明を続ける鍬沢。もし室内の照明が点いていれば、彼の表情から怒りが読み取れただろう。
同席している経理の片桐は沈黙したまま、先ほどからひと言も喋っていない。
「これは一体どういうことなの?」
ついに有里村が片桐に問い掛けた。
アルムフードサービスは少数精鋭の会社で、社長の有里村が営業の役割をし、実務はほぼ片桐や他の部下に任せている。実務とは、食材の受発注の仲介、従業員たちの管理全般である。
壁に映し出される映像は更に移り変わり、今は株式会社ケルストからアルムフードサービスへ振り込まれたここ数ヶ月の食堂委託費の明細が表示されている。実際に届けられた食材、しかも主食である米のランクが数段下がっているのに請求金額は変わっていない。
「……こんなもの、でっち上げだわ。分かるはずがないもの。大体なんでこんなデータ持ってんのよ。おかしいじゃない!」
それまで黙っていた片桐が突然捲し立てるように異議を申し立てた。突き付けられた証拠の数々に動揺しているのか、声が震えている。
プロジェクターの画像が途切れたのを見て、阿志雄が空き部屋の電気を点けた。穂堂、有里村、鍬沢、阿志雄の視線は全て部屋の隅に立つ片桐へと向けられている。
「か、片桐さん、どうして」
「……ッ」
有里村から問われ、片桐は再び黙り込む。
代わりに阿志雄が口を開いた。
「食材卸し業者のオジさんたちはそこの片桐さんに指示されて、米のパッケージを入れ替えてウチに納品してたんです」
阿志雄は彼らがよく利用する居酒屋を張り、酔わせて話を聞いた。先ほどの映像をスマホで隠し撮りしたのも彼だ。人懐こく、話術に長けた阿志雄だからこそ聞き出せた本音だ。
「念のためアルムフードサービスが食堂運営している他の会社も調べてみましたが、元々安い米を発注しているところばかりで不正はありませんでした」
先日の打ち合わせの際に片桐のPCから抜き出したデータを元に顧客と食材の発注履歴を割り出し、実際に他社の食堂に潜り込んで確認している。元が安い米だとランクの下げようがない。だから他社は被害に遭っていなかった。
「米の代金の差額は数万。その程度の金額を懐に入れるためだけに他人を巻き込むとは考えにくい。何か他に狙いがあったんじゃないですか?」
追い詰められた片桐は下唇を噛み締め、観念したかのように目をかたく閉じた。
【AFS経理担当 片桐 芽依】
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