11 / 142
第2章 疑惑の社員食堂
11話・陰キャ美食家の怒り
しおりを挟む呼び出しの電話の数分後、件の人物はやってきた。
「オレの同期で、同じ時期に東京支社から本社に来た奴です」
「ども。情シスの鍬沢です。……で、なんで僕は呼ばれたんですかね?」
何も事情を知らされないまま呼び出された鍬沢は、黒く長い前髪から覗く鋭い目で辺りをキョロキョロ見回し始めた。
仕事で呼ばれたと思ったのだろう。残念ながら食堂にある機械は食券販売機とウォーターサーバー、大型の冷蔵庫と食洗機くらいだ。情報システム部の出る幕はない。
「仕事じゃないなら部署に戻ります」
「違う違う、仕事じゃなくて趣味のほう!」
一度も席に着くことなく帰ろうとする鍬沢の腕を、慌てた阿志雄が掴んで引き止める。すると、鍬沢は盛大な溜め息を吐き出し、しかめっ面で振り向いた。
「僕、定時で上がりたいんですよ。早く仕事終わらせないと残業になっちゃうじゃないですか。決められた就業時間以上会社に居たくないんで。阿志雄さん、知ってるでしょ?」
「分かってるって!ちょっとだけだから頼むよ鍬沢ぁ!」
「……今回だけですよ」
縋り付く阿志雄の姿に鍬沢が折れた。心底嫌そうな表情はそのままだが、話を聞く姿勢を見せる。
二人のやり取りを眺めながら、友人とはこうも本音でぶつかり合うものなのかと穂堂は感心していた。阿志雄の鍬沢に対する態度は自分に向けられるものより気楽で対等な印象を受ける。互いが言葉も気持ちも偽ってないからだ。それが少しだけ羨ましいと穂堂は思った。
「ところで、なぜ彼を呼んだのですか」
一番気になっていたことを尋ねると、阿志雄は鍬沢の肩を抱きながら得意げにこう答えた。
「コイツは美食家なんです。趣味で有名店の食べ歩きをしたり自宅で本格的な料理を作るくらいの」
「ほう、それはすごい」
「弁当も自分で作ってるんだよなー?」
「……その情報要りますかね?」
逃げ損ねた鍬沢は、何度目かの溜め息をついた。
早速鍬沢は食堂のおばちゃん、和地から話を聞き始めた。さっさと解決してさっさと終わらせる気満々だ。
「……つまり、頼んだ食材と届いた食材が違うというわけですか」
「そうなの。でも包装はいつも通りで、最初はわたしの感覚がおかしくなったかと思ったくらい」
「食材を見せてもらえます?出来ればまだ未開封のものを」
調理場の隅にある食料保管庫に場所を移し、和地はまず茶色い専用紙袋に入った米を台車に乗せて運び出した。まだ封は開いていない。銘柄は北海道産『きたにしき』。ラベルに記載されている生産年は今年。誰でも知っているくらいの有名ブランド米である。
鍬沢は黙って紙袋を開け、和地が用意した枡を使って米を掬って取り出した。米粒の形を観察し、匂いを嗅ぐ。
「……違いますね。これは『きたにしき』じゃない。たぶん『ななひかり』の古米じゃないかな」
「やっぱり品種が違うのかい」
「何それ。そもそも何が違うんだよ」
驚きの声をあげる和地と、ぽかんとする阿志雄と穂堂。三人には米の見分けはつかないが、鍬沢にはハッキリと違いが分かるようだ。
「まず米の形。丸くて小粒の『きたにしき』に対し『ななひかり』はやや細長い。それと米の感触と糠の匂いが違う。新米なら『ななひかり』でも十分美味いけど、一年以上経つとちょっとね」
「で、でも、この袋に入って届いたんだよ」
和地の言う通り、米のパッケージは『きたにしき』だ。米屋か食材卸し業者が中身を間違えたか、ワザと入れ替えたとしか思えない。
「ちなみに、いつからですか」
「先月届いた辺りから……」
それを聞いて穂堂は納得した。ちょうどその頃から社員食堂のメニューが変わったからだ。和地が古米でも美味しく食べられるよう工夫し始めたのだ。
「……許せませんね」
「えっ」
「食品偽装は食に対する冒涜です。犯人には絶対裁きを与えねば」
ただただ驚くばかりの三人を尻目に、鍬沢が静かに怒りに燃える。阿志雄の思惑通り、食に詳しい彼をこの一件に巻き込むことに成功した。
【情報システム部 鍬沢 明】
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
アダルトショップでオナホになった俺
ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。
覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。
バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。
※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
ペットボトルはミルクティーで 〜呉服屋店長は新入社員に狙われてます!〜
織緒こん
BL
pixivより改題して転載しています。(旧題『干支ひとまわりでごめんなさい〜呉服屋店長ロックオン〜』)
新入社員 結城頼(23)×呉服屋店長 大島祥悟(35)
中堅呉服店の鼓乃屋に勤める大島祥悟(おおしましょうご)は、昇格したばかりの新米店長である。系列店でも業績のいい店舗に配属されて、コツコツと仕事をこなしながら、実家で父が営むカフェの手伝いをする日々。
配属先にはパワハラで他店から降格転勤してきた年上の部下、塩沢(55)と彼のイビリにもめげない新入社員の結城頼(ゆうきより)がいた。隙あらば一番の下っ端である結城に仕事を押し付け、年下店長を坊や扱いする塩沢の横暴に、大島は疲れ果て──
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる