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第2章 疑惑の社員食堂

11話・陰キャ美食家の怒り

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 呼び出しの電話の数分後、件の人物はやってきた。

「オレの同期で、同じ時期に東京支社から本社に来た奴です」
「ども。情シスの鍬沢くわざわです。……で、なんで僕は呼ばれたんですかね?」

 何も事情を知らされないまま呼び出された鍬沢は、黒く長い前髪から覗く鋭い目で辺りをキョロキョロ見回し始めた。
 仕事で呼ばれたと思ったのだろう。残念ながら食堂にある機械は食券販売機とウォーターサーバー、大型の冷蔵庫と食洗機くらいだ。情報システム部の出る幕はない。

「仕事じゃないなら部署に戻ります」
「違う違う、仕事じゃなくて趣味のほう!」 

 一度も席に着くことなく帰ろうとする鍬沢の腕を、慌てた阿志雄あしおが掴んで引き止める。すると、鍬沢は盛大な溜め息を吐き出し、しかめっ面で振り向いた。

「僕、定時で上がりたいんですよ。早く仕事終わらせないと残業になっちゃうじゃないですか。決められた就業時間以上会社に居たくないんで。阿志雄さん、知ってるでしょ?」
「分かってるって!ちょっとだけだから頼むよ鍬沢ぁ!」
「……今回だけですよ」

 縋り付く阿志雄の姿に鍬沢が折れた。心底嫌そうな表情はそのままだが、話を聞く姿勢を見せる。

 二人のやり取りを眺めながら、友人とはこうも本音でぶつかり合うものなのかと穂堂ほどうは感心していた。阿志雄の鍬沢に対する態度は自分に向けられるものより気楽で対等な印象を受ける。互いが言葉も気持ちも偽ってないからだ。それが少しだけ羨ましいと穂堂は思った。

「ところで、なぜ彼を呼んだのですか」

 一番気になっていたことを尋ねると、阿志雄は鍬沢の肩を抱きながら得意げにこう答えた。

「コイツは美食家グルメなんです。趣味で有名店の食べ歩きをしたり自宅で本格的な料理を作るくらいの」
「ほう、それはすごい」
「弁当も自分で作ってるんだよなー?」
「……その情報要りますかね?」

 逃げ損ねた鍬沢は、何度目かの溜め息をついた。





 早速鍬沢は食堂のおばちゃん、和地わじから話を聞き始めた。さっさと解決してさっさと終わらせる気満々だ。

「……つまり、頼んだ食材と届いた食材が違うというわけですか」
「そうなの。でも包装はいつも通りで、最初はわたしの感覚がおかしくなったかと思ったくらい」
「食材を見せてもらえます?出来ればまだ未開封のものを」

 調理場の隅にある食料保管庫に場所を移し、和地はまず茶色い専用紙袋に入った米を台車に乗せて運び出した。まだ封は開いていない。銘柄は北海道産『きたにしき』。ラベルに記載されている生産年は今年。誰でも知っているくらいの有名ブランド米である。
 鍬沢は黙って紙袋を開け、和地が用意したますを使って米をすくって取り出した。米粒の形を観察し、匂いを嗅ぐ。

「……違いますね。これは『きたにしき』じゃない。たぶん『ななひかり』の古米じゃないかな」
「やっぱり品種が違うのかい」
「何それ。そもそも何が違うんだよ」

 驚きの声をあげる和地と、ぽかんとする阿志雄と穂堂。三人には米の見分けはつかないが、鍬沢にはハッキリと違いが分かるようだ。

「まず米の形。丸くて小粒の『きたにしき』に対し『ななひかり』はやや細長い。それと米の感触と糠の匂いが違う。新米なら『ななひかり』でも十分美味いけど、一年以上経つとちょっとね」
「で、でも、この袋に入って届いたんだよ」

 和地の言う通り、米のパッケージは『きたにしき』だ。米屋か食材卸し業者が中身を間違えたか、ワザと入れ替えたとしか思えない。

「ちなみに、いつからですか」
「先月届いた辺りから……」

 それを聞いて穂堂は納得した。ちょうどその頃から社員食堂のメニューが変わったからだ。和地が古米でも美味しく食べられるよう工夫し始めたのだ。

「……許せませんね」
「えっ」
「食品偽装は食に対する冒涜です。犯人には絶対裁きを与えねば」

 ただただ驚くばかりの三人を尻目に、鍬沢が静かに怒りに燃える。阿志雄の思惑通り、食に詳しい彼をこの一件に巻き込むことに成功した。


    【情報システム部 鍬沢 明くわざわ  あきら
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