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第2章 疑惑の社員食堂

7話・違和感と直感

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「美味いけど、なんか違う」

 阿志雄あしおがポツリと呟いた言葉に、食堂内はしんと静まり返った。
 しかし、言った本人は再び丼をかかえて食べ始めている。その様子を見て、調理場にいた社員食堂のおばちゃんの和地わじと調理補助の二人はホッと胸を撫で下ろした。
 向かいで同じ親子丼を食べている穂堂ほどうは、先ほど言葉の意味を考え込んで箸を動かすことを忘れている。

「あー美味かった。ごちそうさまでした!」
「キレイに食べてくれて嬉しいわ。午後からもお仕事頑張ってね」
「ありがとうございます、頑張ります!」

 先に食べ終わった阿志雄は空の食器が乗ったトレイを和地に手渡しながら笑顔で話している。その表情に取り繕った様子はない。

「オレ先に戻りますね」
「ええ、分かりました」
「また一緒にメシ食べてくれます?」
「はい、時間が合えば」
「合わせますよ。じゃ、また後で」

 午後イチからの打ち合わせに向かうため、阿志雄は一足先に営業部に戻っていった。何度も穂堂に手を振りながら。

「穂堂さん、ちょっといいかい」
「なんでしょう」

 少し遅れて食器を返却にきた穂堂を、和地が小さな声で呼び止めた。その表情は普段の快活な彼女らしくない。只事ではないと察し、穂堂も声を抑えて応え、アイコンタクトで廊下を指した。
 調理補助の二人はもうすぐ始まる昼休憩を前に最後の追い込みに入って忙しなく働いている。その二人に『お手洗いに行ってくる』と言い残し、和地はエプロンと頭を覆っていた三角巾を外して調理場を出た。

 食堂を出て角を曲がったところに通路の突き当たりがある。配電盤があるだけで誰も来ない、通路からも死角になっていて見えない場所。そこで穂堂は和地からの相談を受けていた。

「さっきの営業さんに言われてドキッとしたのよ。『なんか違う』……わたしも最近ずっとそう思ってて」
「どういうことですか」
「……今日の親子丼、どうだった?」
「美味しかったですが」
「何かおかしいと思わなかった?」

 焦ったような、思い悩むような様子で何度も問う和地に、穂堂はただただ首を傾げた。

「すみません。私はあまり食に詳しくなくて。……ああ、でも、とは思っておりました」

 穂堂は会社に出勤した日は欠かさず社員食堂で昼食を取っている。食に執着もなく、自発的に外食をしない彼がバランスの良い料理を食べる機会は社員食堂のみ。故に、過去の献立もある程度把握している。

 以前は片方がワンプレートならもう片方は一汁三菜の定食メニューだった。
 しかし、最近は違う。
 カレーライスか親子丼。
 カツ丼か麻婆丼。
 ハヤシライスか炒飯。
 牛丼かオムライス。
 今日のような白飯に何かを掛ける、または白飯に味付けをしたメニューばかり。

「確証はないんだけど、頼んだ食材と届いた食材が違うみたいなの。お米は特に違いが出やすいから味を付けて誤魔化してはいるんだけど……」

 おそらく、炊きあがりの際の匂いの違いで違和感を感じていたのだろう。安い米はどんなに研いでもぬか臭さが抜けない。出来るだけ美味しく食べれるようにメニューを工夫していたというわけだ。

「それは由々しき事態ですね」
「どうしたらいいか分からなくて悩んでたんだけど、あの営業さんの言葉を聞いたら放っておくわけにもいかなくて……」

 阿志雄は直感で何かを感じ取っていたのだろう。和地の訴えを聞き、穂堂はすぐに調査をすることに決めた。




      【総務部 穂堂 徹ほどう とおる
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