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第2章 疑惑の社員食堂
6話・初ランチは社員食堂で
しおりを挟む株式会社ケルスト本社には正社員、派遣社員、パートまで合わせれば百数十名ほどが働いている。最寄りの飲食店までは車で数分掛かるため、ほとんどの者は社員食堂を利用する。
基本二種類のメニューが日替わりで用意され、その日の気分によってどちらかを選んで注文する。安価で美味い社員食堂は一人のおばちゃんの存在によって成り立っていた。
「おばちゃーん、なんか軽いものない?」
「あらまあ、具合悪いの?」
「ううん胃もたれ。昨日食い過ぎちゃって」
「なぁんだ。じゃ、うどんにしてあげるわ」
こんな感じで、メニューにないものも嫌な顔せずササッと用意してくれる。気さくで人当たりもよく料理上手。社員食堂のおばちゃん、和地 董子は正に社員たちにとって『おふくろ』的存在だ。彼女の他に二名の女性が調理補助として働いている。
「和地さん、早いけどいいですか」
「いらっしゃい穂堂さん。どうぞどうぞ」
時刻は午前十一時を過ぎたばかり。昼休憩にはまだ早いが、和地は快く穂堂たちを迎え入れてくれた。
食堂入り口に置かれたランチメニューが書かれたホワイトボードを眺め、阿志雄は頭を悩ませている。
「Aセットはカレーライス、Bセットは親子丼かあ……どっちにしよう」
食堂内にはカレーの良い香りが漂っている。迷いながらも、気持ちはややカレー寄りになっていたが……。
「午後から打ち合わせがあるのでしょう?でしたら匂いがキツくないほうを選んだほうが」
「ですね!そうします!」
助言に従い、阿志雄はアッサリとBセットに決めた。穂堂も同じものを注文する。わざとお揃いにしたわけではない。彼は仕事柄誰かと話す機会が多いため、匂いを気にしてのことだった。
「珍しい組み合わせだねぇ。こっちの人、もしかして東京支社から来た営業さんかい?」
親子丼のトレイをカウンター越しに手渡しながら和地が問うと、阿志雄がパアッと笑顔になった。平気な顔をしてはいるが本社での知り合いは少なく、まだ不安のほうが大きい。阿志雄は気に掛けてもらえて嬉しく思った。
「おばちゃん、オレのこと知ってるの?」
「昨日の昼はアンタの噂で持ちきりだったのよ。『新入り営業が朝から絶叫してた』って」
「あちゃー、やっぱソレかぁ」
やはり昨日の朝の絶叫事件は社内で噂になっていた。苦笑いを浮かべる阿志雄に、和地の後ろで働く調理補助の二人もクスクス笑っている。
「お騒がせしてすいません、もう大丈夫なんで」
「ふふ、こっちこそ笑ってごめんなさいね」
穂堂と共に食堂の片隅のテーブルに着き、早速食べ始める。
下味の染み込んだ柔らかな鶏肉を包み込むのは出汁香るトロトロの卵。心地良い歯ごたえを残す玉ねぎからは甘みが出て、上に散らされた三つ葉が良いアクセントとなっている。具だくさんのみそ汁と白菜の浅漬けが付いたセットだ。
「阿志雄くんはこの食堂を利用したことがあるんですか」
「三年前、研修で一ヶ月くらい本社にいた時に毎日食べてました!ここの味に慣れてから支社の食堂で食べると違いが歴然で」
「そんなに違いますか」
「味気ないんですよ、東京支社の食堂。最初ビックリしましたもん」
本社研修の時に指導役の伊賀里に世話になり、彼に憧れるようになった。阿志雄の中には今でもハッキリと当時の記憶が刻み込まれている。仕事だけでなく、食堂の料理の味も。
「うん美味い」
「ええ、和地さんの料理はいつも美味しいです」
穂堂は上品な箸づかいで一口ずつゆっくり食べているが、向かいの阿志雄は丼を持ち上げてかっ込んでいる。急いでいるわけではなく、単に空腹だったのだろう。
しかし、途中で箸が止まった。
先ほどまでニコニコしていたのに、何故か眉間に皺を寄せ、食べかけの丼を凝視している。
「──なんか違う」
「はい?」
急に箸を止めて難しい顔で唸る阿志雄に、穂堂も食べるのを中断した。
「美味いけど、なんかおかしい」
昼休憩前でほとんど人がいない社員食堂。阿志雄の声はそれほど大きくなかったが、調理場にも届いた。
【営業部 阿志雄 真司】
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