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31話・悪い予感
しおりを挟む蹴りはまともに入ったが多少は鍛えているようだ。ぐらりと上体を揺らした程度で朽尾は持ち堪えていた。
「おまえは絶対殺す、殺してやる」
朽尾の口からは殺意が吐き出されている。切れ長の鋭い目は邪魔者を睨みつけ、額には青筋が浮いていた。先ほどまでとは違い、闇雲に長針を投擲している。どこを狙っているのかは不明。こうなってしまうと凛のサポートは使えない。嵐は自力で長針を回避する羽目になった。
「くそ、痛えなちくしょう」
嵐はその辺にある立て看板やゴミ箱などを持ち上げて盾がわりにしていた。尖った針先に直接触れたくないからだ。何度か繰り返すうちに使えそうな物がなくなり、今は嫌々素手で弾いている。
加えて、辺り一体の地面に外れた長針が転がっている。手や膝をつけば刺さるかもしれない。嵐は動きを制限されていた。
「ころす、殺す、殺してやる、殺してやる」
朽尾の顔には狂気が浮かび、ただただ殺意を吐き出しながら暴れるだけの塊と化していた。
だが、それだけではないと凛は悟った。
『嵐、気を付けて。なにか企んでる』
十数回目かの長針を弾かれた後、朽尾は動きを止めて立ち尽くした。手持ちの長針がついに尽きたのだろう。両手には針を収納していたと思われる金属製の筒がそれぞれ握られている。中には何も入っていない。
相手はもう丸腰のはずなのに、なぜか嵐は動けなかった。妙な気配を感じ取ったからだ。
「おい凛、朽尾はなにをする気だ?」
『切り札使うって』
「はあ? もっと詳しい情報寄越せ」
『そう言われても、朽尾の頭の中よくわかんないんだもん』
誰もが常に理路整然とした思考をしているわけではない。いくら表層の意識が読めても理解できるとは限らない。完全に思考を読むためには対象者の身体に触れるほかない。今、凛と朽尾は数十メートル離れており、触れられる位置にはいない。もっとも、もし高架歩道から降りたとしても絶対に近付きたくない存在だ。
『ええと、キツネとかなんとか』
どうにか拾った言葉を凛が伝えると、嵐は「げっ」と嫌そうな声を上げた。
「ただの殺人鬼じゃなかったのか」
『どういうこと?』
後退して距離を取り、なにが起きても対処できるよう呼吸を整える。嵐の鋭い目が向かいに立つ朽尾を捉えた。朽尾が持つ筒からは黒いもやが滲み出ており、周囲の空気が重くなってきた。
「朽尾も異能を持ってるってことだ」
ぞわりと背筋に冷たいものが這い上がる。自分たちが対峙している相手が得体の知れない存在に思えて、ふたりは息をのんだ。
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