上 下
28 / 46

26話・盛大な誤解

しおりを挟む

 
 里枝と共に行ったカフェでタトゥースタジオの店主に遭遇した凛は、咄嗟に伊達眼鏡を外して心の表層を読んだ。しかし、少し探りを入れるだけのつもりが彼が殺人犯であると知ってしまった。彼は吾妻に密かに好意を寄せており、吾妻に近付く女性を既に何人も殺していたのだ。

 そして、次は里枝に狙いを定めた。

 嵐は安藤に呼び出された際、呻き声がした日と女性たちが死んだ日が一致していると気付いた。一度だけなら偶然だが、三度も続けば何らかの関連があると考えるべきだろう。

「もしかして、タトゥースタジオの店主はレンタル倉庫を借りてるの?」
「ご名答」

 問いに答えたのは嵐ではなかった。
 いつの間にか嘉島が貸事務所の入り口に立っていた。今回は手ぶらではなく、ノートパソコンを小脇に抱えている。

「直々に報告に来てやったぞ」
「別にメールでも良かったんすけど」
「データが重くて添付できなかったんだよ」

 何の話だ、と凛が首を傾げている間に嘉島は向かいのソファーにどかっと腰を下ろした。持参したノートパソコンを開いて起動し、画面を凛たちへと向ける。

「レンタル倉庫の契約時に提出してもらった運転免許証の写しだ。それと、貸したコンテナの場所」

 免許証の顔写真は確かにカフェで見た男のものだ。

 朽尾文悟くちお ぶんご、三十二歳。
 タトゥースタジオ『Engraved soul』の店長兼彫り師。レンタル倉庫の使用目的は「店の備品を保管するため」だと申告している。そして、彼が借りているコンテナの場所はやはり安藤宅の庭のブロック塀のそばだった。

「んで、これが昨夜の監視カメラ映像」

 嘉島がデスクトップ上の動画ファイルを選択すると、画面いっぱいに粗めの映像が表示された。

「やっぱカメラ仕掛けてたんすね」

 呆れたように嵐が呟く。
 現場を直接確認した時は監視カメラらしきものは見当たらなかった。ダメ元で尋ねてみたのだが、嘉島は平然とカメラ映像を出してきた。

「問い合わせがきたらめんどくせえからな。表向き『無い』ってことにしてんだ」

 つまり、契約者にも内緒で監視カメラを設置しているということだ。恐らく見つかりにくい場所に仕込んでいたのだろう。堂々と監視カメラを設置していると、契約者だけでなく近所でトラブル……例えば空き巣や車上荒らしなどが起きた際に映像データの提供を頼まれることもある。最初から無いと言っておけば余計な仕事は増えない。

 嘉島は以前から事務所に盗聴器や隠しカメラを仕込もうと企んでいた。だからこそ、嵐は嘉島が自分の管理する物件は監視せずにはいられない性格なのだと考えたのだ。

「映像は一週間くらいで上書き保存される。だから、該当する動画は昨晩のぶんだけだな」

 言いながら、嘉島は動画ファイルを早送りした。
 ノートパソコンの画面には、コンテナの間にある狭い通路がわずかな明かりに照らされている様が映し出されていた。しばらくして何者かが通路に現れ、奥へと向かっていく。画質が粗く薄暗いため判別しづらいが、ゆるく波打つ長めの髪と独特の雰囲気がある出立ちから朽尾だと分かる。四月二十二日午前一時と画面の端に表示されていた。

「社長、音声は?」
「ない」

 極小の隠しカメラにはマイク機能までは付いていないらしい。呻き声は動画では確認できなかった。しかし、安藤が呻き声を聞いた同時刻に朽尾がレンタル倉庫に立ち寄っていたことが明らかになった。
 そのまま動画を流し続けると、十数分ほどで再び朽尾の姿が映る。先ほどは手ぶらだったが、小さな肩掛けカバンを担いでいる。借りているコンテナから荷物を持ち出し、通路を戻って帰っていくようだ。

「わざわざ夜中にこんなところに来て呻き声を上げてるってこと? なんで?」
「さあな。趣味か、ストレス発散か」

 凛の問いに、嘉島は肩をすくめた。
 呻き声の正体は朽尾で間違いない。隠しカメラはコンテナ内までは映していないが、恐らく中で何かしていたのだろう。しかし、吾妻に告白した三人の女性を殺害した方法はまだ判明していない。

「日付に関しちゃ単なる偶然っていう可能性もある。そもそも、レンタル倉庫がある場所とこれまでの被害者が死んだ現場は離れてるし」
「ううん。この人の殺意は本物だよ。遠くから軽く見ただけだから以前の犯行の方法まではわかんないけど、里枝さんを見る目は憎しみや妬みに満ちてて、……『あの女殺す』って考えてたもん」
「吾妻がクソアマに片想いしてるからって? それだけで殺すとか意味わからん」

 顔をひきつらせる嵐を見て、凛は目をふせた。
 深刻そうな面持ちで、気遣わしげに言葉を続ける。

「里枝さんに得体の知れない殺意が向けられてるなんて、嵐は信じたくないとは思うけど」
「は?」
「ショックだよね。動揺する気持ちわかるよ」
「いや、待て。なんの話だ?」

 なぜか言いにくそうにする凛に、嵐が食ってかかる。すると、彼女はまたも数秒逡巡した。ちらりと嘉島のほうを見てから小さな声でつぶやく。

「だって嵐、里枝さんのこと好きでしょ」
「はあ!?」

 聞き捨てならないことを言われ、嵐は座っていたソファーから飛び上がった。

「里枝さんだけ扱いが違うじゃない。妙に突っかかるけど仲良さげだし、話してる時はイキイキしてて楽しそうだし」
「べつに楽しかねえよ」

 確かに、里枝に対する嵐の言動は依頼人に対するものとは明らかに異なる。もともと粗野な性格ではあるが、里枝が相手だと特に対応が雑になる。その差が特別な証なのではないかと凛は考えた。

「あの吾妻さんが相手じゃ勝ち目ないもんね。それに、あたしと里枝さんが連絡先交換した時ちょっと嫌そうだったじゃない。里枝さんとやり取りする回数が減るのが嫌だったんじゃないの」
「あっ、あれは……」

 凛の指摘に、嵐は言葉を詰まらせた。
 凛と里枝が連絡先を交換した時、実際不快に思ったのだ。理由は里枝が好きだからではなく、むしろ逆。ただ、この複雑な気持ちは嵐の中でもまだうまく言語化できない。

「クソアマが俺の神経を逆撫でするようなことばっかホザくからだろーが。恋愛感情そういうのじゃねえよ」
「嫌よ嫌よも好きのうち、ってか?」
ちげぇわ!」

 嘉島の煽りに嵐は眉を吊り上げて否定した。
 まさかそんな勘違いをされていたとは露知らず、怒りと困惑が混在している。里枝とは口喧嘩仲間のような関係で、恋愛対象として見たことは一度もなかったからだ。傍目からどう思われているかなど考えたことすらない。

「てゆーか、勝ち目ないってなんだ」
「え。だって、吾妻さんイケメンだし、優しいし。恋敵になったらまず勝てないでしょ」

 見た目はチンピラで口も悪いが、女性からモテないわけではない。もちろん、万人から好かれる吾妻とは比べ物にはならないけれど。

「失礼な。そもそも張り合う理由がねえよ」
「え、違うんだ」

 ここまで否定されれば表情や態度、声色から照れ隠しではなく本気で否定しているのだと凛も気付く。

「よくもまあ最悪の想像をしてくれたもんだ」
「ご、ごめん、嵐」
「いーよもう。だから二度と変な勘違いすんなよ」
「はあい」

 素直に謝る凛に怒り続けるわけにはいかない。あきれ半分、安堵半分で溜め息をもらす。

「ったく、仕方ねえな……」

 妙な誤解が生まれた原因は、凛の能力をってしても嵐の心が読めないからだ。嵐の霊能力は霊的な防壁を作り、ある程度の干渉をはじいてくれる。凛の能力が通じないことは良いが、的外れな勘違いをされてしまうことだけは面倒だな、と嵐は苦々しく思う。

「やけに必死に否定してたな」

 ニヤニヤしながらからかってくる元ヤクザを完全に無視し、話を続けた。


しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ
ミステリー
……三十九。三十八、三十七 結珂の通う高校で、人が殺された。 もしかしたら、自分の大事な友だちが関わっているかもしれない。 調べていくうちに、やがて結珂は哀しい真実を知ることになる──。 双子の因縁の物語。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

きっと、勇者のいた会社

西野 うみれ
ミステリー
伝説のエクスカリバーを抜いたサラリーマン、津田沼。彼の正体とは?? 冴えないサラリーマン津田沼とイマドキの部下吉岡。喫茶店で昼メシを食べていた時、お客様から納品クレームが発生。謝罪に行くその前に、引っこ抜いた1本の爪楊枝。それは伝説の聖剣エクスカリバーだった。運命が変わる津田沼。津田沼のことをバカにしていた吉岡も次第に態度が変わり…。現代ファンタジーを起点に、あくまでもリアルなオチでまとめた読後感スッキリのエンタメ短編です。転生モノではありません!

マスクドアセッサー

碧 春海
ミステリー
主人公朝比奈優作が裁判員に選ばれて1つの事件に出会う事から始まるミステリー小説 朝比奈優作シリーズ第5弾。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

正義のミカタ

永久保セツナ
大衆娯楽
警視庁・捜査一課のヒラ刑事、月下氷人(つきした ひょうと)が『正義のミカタ』を自称するセーラー服姿の少女、角柱寺六花(かくちゅうじ りか)とともに事件を解決していくミステリーではないなにか。

リアル

ミステリー
俺たちが戦うものは何なのか

処理中です...