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12話・凛と嵐の出会い
しおりを挟む嘉島が帰った後、ソファーに座って買ってきた昼食を食べながら、凛はフッと口元をゆるめた。向かいで弁当をかっ込む嵐を見て、他人とこんな風に自然体で過ごせることが今でも信じられずにいた。
これまでの凛は誰とも関わらず、息をひそめて生きているだけだったのだから。
凛と嵐の出会いは一年ほど前に遡る。
その日、凛は母親と駅前に来ていた。
他人の感情を読まないようにするために必要なもの、眼鏡を買いに来たのだ。視力自体は悪くない。これまで千円程度のオモチャみたいな伊達眼鏡を使っていたのだが、つるや鼻当ての形状が合わずに痛い思いをしていた。日中ずっと掛け続けるものだから、眼鏡屋でちゃんとしたフレームを買おうと母親が言ってくれたのだ。
なんとか新しい伊達眼鏡を購入した後、駅ビルで買い物をしたい母親と別れ、凛は歩いて自宅に帰ろうとした。
その時、嵐と出会った。
たまたま眼鏡をかけ直そうとした際に手が滑り、一瞬だけ裸眼になった時だ。道行く人々の思考が一気に雪崩れ込み、気分が悪くなった凛は近くの路地へと咄嗟に逃げ込んだ。
しかし、そこには先客がいた。
強面の青年が三人の男たちを殴り、踏み付けている。平和な表の通りとは対極の荒んだ光景に、凛は伊達眼鏡をかけ直すことも忘れて見入ってしまった。逃げてゆく男たちの恐怖や苦痛の感情を真正面から浴びながら薄暗い路地に立つ青年に目を奪われた。
裸眼で見ているにも関わらず、感情が読み取れない存在に初めて出会った。
「あ、あのっ」
気が付けば、勝手に声が出ていた。
普段家族以外とほとんど言葉を交わすことのない彼女は、何と話し掛けるべきか迷った。まさか『自分は他人の心が読める』『あなたの心だけが読めない』と馬鹿正直に話すわけにはいかない。厨二病を拗らせた頭のおかしい女だと思われるだけ。
「すこしだけ、話をしてくれませんか」
でも、引き止めずにはいられなかった。
今を逃せば二度と会えないと思ったからだ。
必死さが伝わったのだろうか。
強面の青年は拳を下ろして声の主を振り返った。地味な服装の、おとなしそうな少女だ。決して相入れない部類の人間だ。それなのに、嵐のほうも何かが引っ掛かった。臆することなく向けられた瞳が珍しかったからかもしれない。
「オマエ、俺が怖くねえの?」
「怖いですよ」
「じゃあなんで話しかけるんだよ」
「それが、あたしにもわからないです」
「はあ!?」
そのまま路地裏に座りこんで互いの事情を話した。
本当の意味では誰からも理解されたことがなかった二人は本物の同朋を得た気持ちになった。妙に馬が合い、性別や年齢の違いすら気にならなかった。平時ならば絶対に関わる事のないような相手に不思議なほど惹かれた。きっと変わり者同士の共感だったのだろう。
なんだかんだで連絡先を交換した。何度か会うようになった頃に嵐を通じて嘉島と知り合い、現在の貸事務所を借りることになった。女子高生とガラの悪いチンピラが外で一緒に居れば嫌でも目立つ。他人の目が届かない場所が必要だった。
どうせなら能力を活かす練習をしたらどうだ、という嘉島の勧めで相談屋を始めた。昼間、嵐は家業の酒屋の手伝い、凛は学校がある。融通が利く嵐が窓口となり、放課後や休日に予定を合わせて依頼を受ける生活を始めた。
荒くれ者の嵐と閉じこもりがちな凛を無理やり他者と関わらせ、社会に馴染めるようにと嘉島は考えたのかもしれない。もしくは、便利な道具のように思っているのかもしれない。それでも、能力を否定されず、活かせる道を示されたことは二人にとって喜ばしかった。
「明日、あたしの出る幕あるかな」
「あるに決まってんだろ。俺ァ口下手だからな。凛がフォローしてくんねえと困る」
「そか」
明日の午後は、順也くんが亡くなった交通事故現場で母親の智代子に真実を伝えねばならない。
どういう反応をされるか。
うまく対応できるか。
普段他人との関わりを最小限に抑えている凛には全く自信がなかった。でも、嵐が頼りにしてくれるのならば応えねばならないと強く思った。
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