お日さまのかけら

もち紬

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お日さまのかけら

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 ちいさな人魚の子どもが、尾びれを止めてふり返りました。
 なにか、光った気がしたのです。
 泳いでいって、そっと拾いあげてみます。
 
 オレンジ色の、丸い石です。
 ほんのり、透きとおっています。
 手のひらにのせると、サラサラします。
 
 この石のことは知っていました。
 これは「お日さまのかけら」です。
 ときどき海のなかに落ちています。波にとけたお日さまの光が長いあいだ海をただよって、石になるのだそうです。
 年長の子どもたちのなかには、宝もの入れいっぱいにこの石を集めている子もいます。羨ましくて仕方ありませんでした。自分の巣穴にもどってくると、人魚の子どもは枕元の砂を掘りおこして、ちいさな二枚貝の宝箱に、石を大切にしまいました。
 
 つぎの朝。
 人魚の子どもは肩からポシェットをさげると、浅瀬へ泳いでいきました。
 大人たちに見つからないよう、こっそりと。
 
――ぜったいに、陸へ近づいてはいけません。
 
 人魚の子どもたちは、生まれたときから言い聞かされます。
 ニンゲンは人魚たちの兄弟です。大昔、陸にあがった人魚たちの尾びれが裂けて、ニンゲンになったのです。けれど人魚たちとちがって、陸の兄弟は乱暴です。やさしい海に見捨てられて、すべてを呪っているのです。呪いのせいで、陸の上だろうと海の上だろうと、好き勝手に暴れまわるのです。人魚たちはみんなそう信じています。

 それなのに、この人魚の子どもは、かまわず泳いでいきます。

 ちいさな入り江までくると、ちゃぷんと海から顔を出して、尾びれで水面をぱちゃぱちゃ鳴らしました。砂浜を歩いている影が、顔をあげてふり返りました。

 ニンゲンの子どもです。

 人魚の子どもに気づくと、こちらへ両腕を大きくふりました。
 砂浜からは桟橋が一本、海へまっすぐのびています。その先端まで歩いてきます。
 泳ぎよった人魚の子どもに、バナナの葉っぱの帽子を持ちあげて、ニンゲンの男の子が二カッと笑いました。

 この人魚の子どもだって、やっぱりニンゲンは怖いと思っています。
 でも、この男の子だけはとくべつです。
 命の恩人なのです。
 はじめて入り江に迷いこんだときのことです。
 ニンゲンの罠にひっかかって、痛くて暴れて泣いていたら、逃がしに来てくれたのが、この子でした。海に飛びこんで、尾びれにギシギシ噛みついてくる見えない糸を、一本ずつ切ってくれたのです。

 きょうも男の子の足元には、大きなバケツが置いてあります。
 先端に針のついたニセモノの魚、こわれたビーチサンダル、ボロボロのビニール袋、空き瓶空き缶がたくさん、あの恐ろしい透明な糸も、ぐるぐる巻きで入っています。男の子は『ゴミ』と呼んでいます。『ゴミ』がなんなのか、人魚の子どもには、わかりません。

 人魚の子どもは、肩にさげたポシェットをあけました。
 いちばん底から二枚貝の宝箱をとりだします。そのなかの、いちばんの宝ものを、そっと、つまみあげます。

 きのう見つけた、お日さまのかけらです。

 明るい陽の光をあびて、きらきらオレンジ色にかがやいています。
 海のなかで見るよりずっと鮮やかです。石の奥で、夕陽が燃えているみたいです。
 人魚の子どもはニコニコ笑って、桟橋の端っこでしゃがんで待っている男の子に石を見せました。
 男の子は、人魚の子どもの、いちばんの友だちです。
 人魚の子どもが海から持ってくるものを、キラキラした目で熱心に眺めてくれます。だから、いちばん最初に教えたかったのです。だって、「お日さまのかけら」を見つけたのです!

 男の子は、人魚の子どもが嬉しそうにかかげたオレンジ色の石を見たとたん、凍りつきました。
 だれかの尾びれに引っぱたかれたような、おかしな顔をしています。
 それから、唇をかみました。
 悔しそうに、恥ずかしそうに、まっ赤な顔をクシャクシャにしました。
 男の子がなにを言っているのか、人魚の子どもにはわかりません。陸の言葉は、人魚にはヘンテコすぎるのです。
 でも、とても怒っていることはわかります。声がとげとげしています。悲しそうでもあります。まっすぐな茶色い目に、涙がにじんでいます。
 オレンジ色にかがやくお日さまのかけらを睨みつけて、男の子が言いました。
 
『ゴミ』
 
 バケツを、こちらへ突きだしてきます。
 
『ゴミ』
『ゴミ!』
『ゴミ!!!』
 
 男の子の手が伸びてきて、むりやり石を奪い取ろうとしました。人魚の子どもはびっくりして海にもぐりました。
 すこし沖合いの波間から顔をだして、信じられない気持ちで男の子を見つめました。
 男の子が追いかけてくる様子はありません。桟橋の端から身をのりだして、バケツを抱えて、泣きながら叫んでいます。
 
『ゴミ!!』
『ゴミ!!!』
『ゴミーーッ ──────』
 
 人魚の子どもはわけがわからず、一目散に海の底へ逃げ返ってきました。
 こわくて、悲しくて、巣穴にとじこもってワアワア泣きました。もう二度と陸へは近づきませんでした。

 

 やがて男の子は大人になって、ニンゲンたちのなかでも、とても偉いニンゲンになりました。
 彼の施策により、海辺の大量のゴミはすっかり姿を消し、捨てられた釣り糸にからまって命を落とす海の生物たちもいなくなりました。海は少しだけ賑やかさを取り戻し、人魚たちは少しだけ、ニンゲンを信じるようになりました。

 おなじ頃、海の底で人魚がひとり、二枚貝の小さな宝箱をあけました。
 はるか頭上でかがやく海面に、半透明の石をすかしました。
 オレンジ色のやわらかい光を見上げ、しくしく痛む胸の底から、ちいさな泡を吐きました。
 
 




 
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