赤と青のヒーロー

八野はち

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第二十六話 進路調査票

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 家に帰ると、早速、USBメモリをパソコンに挿し込んでみた。
 そこには、「翼くんへ」と書かれた動画ファイルが一つだけあった。
 俺は恐る恐るファイルをクリックした。
 動画が再生される。
 病院服を着た、まだ元気な頃の茜が映っていた。

『元気が出る超能力!ビビビビビビビビビビッ!』
『どう?元気出たかな翼くん。私が死んじゃって、まーたしみったれた顔した翼くんに戻っちゃってるかもしれないからね。それとも、案外すぐ立ち直ってたりするのかな?だったらすごくショックなんだけど。でもこれちょっと恥ずかしいね。だれもいないのに一人でしゃべっててバカみたい』
 
 相変わらず、マイペースで、能天気なしゃべり方をする、どこか間の抜けた茜の姿があった。俺は思わず涙が出そうになる。

『あ!あと先に言っておくけど、これは生きるのをを諦めたから残したんじゃないからね?私は死なないし、諦めてるみたいで何か嫌だって言ったんだけど、春香さんがやれってうるさいから。そうしないと点滴の時痛くするわよって!私が注射嫌いなの知っててわざと言ってくるんだよ!まったくとんでもない人だよ。っていうわけで、これは君に届くことはないだろうから、そのつもりで聞いてね。あれ?でも、そしたら君に届く前提でしゃべってるのはおかしいのかな。んん?なんだかこんがらがってきたぞ』
 
 春香さんというのは、恐らく茜が死んだ日にエントランスのドアの中にいたあの看護師のことだろう。
 それにしても、まるで茜が生き返ったみたいで、懐かしい感覚になる。俺は思わず笑ってしまいそうになる。

『とにかく、所謂遺言ってやつだね。これやったら気が滅入っちゃいそうで嫌なんだよなー。まあいいか。じゃあ、翼くん。悔いのないように、伝えたい事伝えるね』
 
 茜はベッドの上で姿勢を正した。

『まず、元気ですか?君はいじけんぼだから心配だな。私がいなくなって、また、閉じこもってませんか?ちゃんと外出てる?ちゃんと眠れてる?ちゃんとご飯は食べてますか?』
 
 お前は俺のおかんかよ。

『今、お前は俺のおかんかよって思ったでしょ?』
 
 茜はいたずらが成功した子供のように笑う。
 図星だった。俺は思わず苦笑する。

『今の君もそうだけど、未来の君はもっと心配だな。本当に君は私に心配ばかりかけるよ。ねえ、知ってた?私実は、君のこと、小学一年生の頃から知ってるんだよ?』

『私が小学一年生の時、初めて行った公園で、同い年くらいの男の子が、いじめられているのを見かけたの。男の子三人に囲まれて、砂かけて意地悪されてた。その子は泣いていたのに、私は怖くて動けなかった。そんな時、ヒーローが現れたの』

『愛と平和の戦士、ブルーペガサス参上!』

『そう言って堂々と決めポーズをすると、その男の子は、いじめっ子たちにたった一人で立ち向かって、殴られながらも、三人相手に、何回も何回も立ち上がって、立ち向かっていったの。そして、ついにはいじめっ子たちをやっつけて、ぼろぼろになりながらもその後ろ姿は私が今まで見たどんなものよりも綺麗で、輝いて見えた。私はその日生まれて初めて本物のヒーローを見たの。あんまりテレビなんか見なくて、ヒーローなんて知らなかった私は、お家に帰ってすぐに戦隊モノのテレビを見て、確信したの。私はヒーローのレッドになって、あの男の子とペアを組むんだって』

『その日から私は、君のファンになった。たまに君の姿を見かけると堪らなく嬉しくて、一人で喜んでた。君に少しでも追いつきたくて、空手を始めた。ずっと君を追いかけてた。私の憧れだった。私のヒーローだった。中学に上がって、周囲はバカにしてきたけど、私は構わなかった。中三の時には、君の通ってた塾に侵入して、君の志望校を必死に探ってたんだよ。そして、必死に勉強して、入学した高校では、初めて君と同じ学校に通えることが嬉しくて、一晩中寝れなくて、初日から寝坊したのはいい思い出。
でも、大きくなった君は、すごく変わってた。目は腐ってて、目つきは悪くて、顔色も悪くて、今にも死んじゃいそうだった。

君を見ててすぐに気づいた。君は、他の人と違っていた。君だけは、いつも、ここじゃないどこかを見てた。儚げで、悲しそう。なんだか、涙を流さないで泣いているように見えた。
そして、その瞳の奥には、昔の君がいた。君の熱を、何かが塞いでいるのが分かった。そしてそれに君が、惹かれていることも。ずっと君に話しかけたかった。でも勇気が出なくて、全然話しかけられなかった。

でも、ある時。六月頃。君が教室から窓の外を眺めている時、君が今にも空に吸い込まれそうに見えた。すごく危うげで、見てられなかった。気づいたら私は君に声を掛けてた。
その時決めたの。私が君の心を塞いでいるものを吹き飛ばしてやろうって。君を連れて行かせはしないって。だから、こう見えて私は結構必死だったんだよ。大山君にも君が今にも死にそうだから、私が何とかするから、翼くんの弱みを教えてって頼み込んだんだよ。大山君もやっぱり気づいてたみたいで、驚いてた。
そしてね。公園で遊んだ時、君がまた、あの決めポーズをやってくれた時。私は本当に嬉しかったんだ。私の夢が叶った瞬間だから。君と並んで、ヒーローになれた。夢みたいだった。私はこの瞬間のために生まれてきたんだって、そう思った。その後すぐにまた君は、元気がなくなっちゃったんだけど、私はこの時、確信したんだよ。君はもう大丈夫だって。君の目を見てすぐに分かった。あの時の翼くんの目をしてた。君に何があったのかは知らないけど、君はもうあの瞬間を忘れられないよ。君の中の青い炎が、君の黒い炎を焼き尽くしてくれる。だからもう君は大丈夫!もし仮にこっちに来るなんてことがあったら、ぶっ飛ばすからね!君はおじいちゃんになってよぼよぼになってから、ゆっくり来るように!といっても、私は死んでも幽霊になって君のこと見張ってるから大丈夫だけどね。君がまた、うじうじし出したら、かつ入れてやるからね。あっ!あとエロ本読んだら祟るからね!タンスの角に小指ぶつける呪いかけてやる!』

『でも、念のため、君に別の呪いもかけておくね。もし私が死んじゃったら、君にね、私の意志を継いでほしいの。私の代わりに、ヒーローになってほしいの。たくさんの人を救って、悪いやつらをやっつけて、この世界を少しでも良くしてほしいの。私の最後のお願いっていえば、聞かざるを得ないよね?これで君は死ねない呪いにかかっちゃたからね!にっしっし!頼んだよ。翼くん』

『それとね、翼くん…』
 
 茜は急に顔を赤らめ、もじもじし出した。

『君はね、最初は私の憧れだったの。でも、君を見てると、君と話してると、変わらない君に、変わった君に、どんどん惹かれていって。いつの間にか私は君のことが…』
 
 俯いた顔を上げて、凛とした目でこちらを見据えてきた。

『いつの間にか君のことが好きになっていました。君は私の憧れで、パートナーで、しょうがないやつで、わたしの心をこんなにもかき乱してくれる、大好きで、世界で一番特別な人です』
『君が私のことをどう思ってくれているのかは、まだ、分からないけど、私の人生はまだ終わっていないから、覚悟しててね!いつか絶対私のパートナーにしてみせるからね!』

『茜入るぞ』
 
 ノックの音ともに俺の声が聞こえた。

『やば!翼くん来ちゃったよ!じゃ、じゃあね!未来の翼くん!』
 
 そう言うと、画面が急に暗くなった。
 しかし、動画の停止ボタンを押し忘れたようで、動画はまだ続いていた。

『ん?今お前何隠した?』
『へ⁉べ、べ、別に何も隠してないよ⁉』
『嘘つけ。今枕の下に何か隠しただろ。なんか顔も赤いな。ははーん。さては…』
『ち、ち、ち、違うよ!別に私はそんなことして――』
『さては、エロ本読んでただろ?』
『はい?』
『ああ、いいぞ言わなくても分かってるからな。なるほどなるほど。まあ、お前もお年頃だからな。分かるぞ?如何わしい本の一つや二つ読みたくもなるよなー』
『んなっ!違うから!何さそのしてやったりみたいな顔は!君と一緒にしないでくれるかな⁉』
『はいはい。分かった分かった。それにしてもいつも人にむっつりむっつり言うくせに、自分も隠れてこっそりエロ本を読んでいるとは、お前のことをこれからムッツリ茜と売れない芸人のように呼んでやろう』
『ムカーッ!こんなにむかついたのはいつぶりかな⁉なんなのかなその得意顔は!言っておくけど私は無実だからねっ』
『じゃあ、枕の下見せてみろよ』
『ぐっ。それは…』
『ほら見ろ。次からは差し入れは食べ物じゃなくてエロ本にしてやろうか?』
『キーっ!悔しい!言い返せないのがものすごく腹立たしいよっ!』
『そもそも君は――』
 
 そこで動画は終わっていた。
 
 俺は、驚きと、喜びと、悲しみと、愛しさと、後悔とで、頭がどうにかなりそうだった。
茜が俺のことをそんなに前から知っていたことも、俺のことをこんなにも見抜いていたことも、こんなに俺のことを思ってくれていたことも、死んでもなお、俺のことを救おうとしてくれていることも、すべてが嬉しくて、そして、同じくらい切なかった。

「〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ!」
 
 涙が溢れて止まらなかった。
 すべてが手遅れだった。
 茜への思いが溢れて、全身が叫んでいた。
 
 長いこと、泣き叫び続け、涙が枯れる頃、思い出した。
 大志は正しかった。
 俺はあの時、死ねなかった。少し前までの俺なら迷わず飛んでいただろう。
 だけど、今の俺は、もう、昔の俺とは違ってしまっていた。
 茜が俺を変えてくれた。
 彼女は、俺に生きることの楽しさを思い出させてくれた。。人と接することの楽しさを思い出させてくれた。先ほどラーメン屋さんで会った人たちを思い出す。
 そして、俺に忘れていた気持ちを思い出させてくれた。
 茜が言ったからだけじゃない。俺は、もう、無視できないほど、昔の気持ちを思い出していた。
 あんなにも、必死に、生きることを諦めずに、望み続けた茜を見て、俺はもう、命を蔑ろにすることなんてできなくなっていた。
 茜が守りたかった世界を、俺は生きたいという気持ちを否定できなかった。
 そして、茜がかけた呪いが、俺をこの世界に縛り付ける。
 結局最後まであいつには敵わなかった。 
 正義の味方もどきでも何でも構わない。善行を積んで、誰かを救い続けて、いつか許されるその日が来るまで、俺は誰かのために生き続けたいとそう思っていた。
 
 いい加減いつまでも立ち止まっている場合ではない。俺もそろそろ前に進まなくてはいけない。過去を抱えて、苦しみながらも前に進もうと藻掻かなければいけない。
 自分を許さずにいるのは楽だから、いつまでもそこで立ち止まっていた。でもそれじゃだめだ。自分を許せるよう、許されるよう、努力し続けるんだ。
 それに、いつまでもうじうじしてたら、茜にぶん殴られてしまう。きっと心配していつまでも成仏できないだろう。
 やらなければいけないことができた。いつまでも閉じこもっている場合じゃない。
 俺は、カバンの中から、クシャクシャになった進路調査票を取り出すと、第一志望から第三志望まで、「正義の味方」と殴り書いた。
 もう、迷わなかった。

 
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